第三レイヤー「ビジネスモデル」は、ミッションに基づいた事業活動をいかに構想し、バリューチェーンを構築し、推進していくかという事業の全体像の 構築をあらわしている。ビジネスモデルを「競争」の戦略視点から一歩広げ、パートナーや地域社会との「共創」関係を構築し、イノベーションを主導していく ことだ。ビジネスモデルのレイヤーは「社会との共通価値の設定」「ビジネスモデルの策定」そして「ビジネスモデルの進化」で構成される。
まず、自社の「ミッション」と「社会の課題」に基づき「社会との共通価値」を設定することが起点となる。世界には極めて多数の企業が存在し、地域ご とに解決しなければならない多くの社会的な課題が存在している。その中で、自社は、自らの「ミッション」に基づき、社会のどの問題を対象に、どんな価値を 提供することで解決しようとするのか。その価値を提供することで自社にどのような経済的な価値が還元されるのか。さまざまな競合サービスが存在する中で、 持続的な事業にできる可能性はあるのか。さまざまな可能性を考慮し、事業の根幹となる「社会との共通価値」を設定する。
設定された社会との共通価値を創造するために、どのようなビジネスモデルが最適だろうか。ここでビジネスモデルの定義は、早稲田大学IT戦略研究所 長、根来龍之教授による「どのような事業活動をしているか、あるいは構想するかを表現する事業構造のモデル」に準じ、戦略・オペレーション・収益構造を含 むものとする。ビジネスモデルを策定するためには、「外部環境」と「顧客ニーズ」を分析した上で、自社の「コアバリュー」と照らし合わせて検討することが 重要だ。外部環境分析においては「SWOT分析」など既存の手法を用いることを想定している。顧客ニーズ分析に関しては、顧客の欲求に基づく「顧客経験価 値のピラミッド」の活用を提唱したい。こちらは次節にて詳細を記しているので参考にしてほしい。また、ライフネット生命のマニフェストのように業務レベル までブレイクダウンした「コアバリュー」を策定する場合は、ビジネスモデルと同時に創りあげていくのが現実的だ。
バリューチェーン構築にあたっては重要なポイントがある。バリューチェーンにインプットされる経営資源は「ヒト」「モノ」「カネ」であり、それが業 務プロセスにより顧客経験価値となり、アウトプットが生み出される。アウトプットとして財務諸表で識別できるものは「カネ」だけだが、実際にはノウハウと して内部に蓄積される「情報」、そしてブランドとして外部に蓄積される「生活者の共感」がある。この「カネ」をも凌ぐ価値を持つ二つの無形資産が生み出さ れることを忘れてはいけない。特にソーシャルメディアによって「生活者の共感」価値はこれからさらに高まっていく。これら目に見えない資産の創造も認識し た上で、長期的な視野でパートナーを選定することが肝要だ。「パートナー・コラボレーションの革新」で紹介したイケアやパタゴニアは、初期に使命や価値観 を共有できるパートナーを厳選し、金融や教育的支援も交えながら、バリューチェーン全体を最適化する戦略をとっている。
同社は、独立系としては戦後初の生命保険会社だ。ゼロベースでフレッシュな視点から顧客志向を徹底できる点を強みとし、既存の生命保険会社とは一線を画した新しいビジネスモデルを展開している。
同社における社会との共通価値 (Shared Values) は「若い世代に対して、従来より格段に安い生命保険を提供すること」だ。その背景にある社会的な課題は、20-30代の世帯年収が低いことが少子高齢化の 根本原因となっていること。生命保険は、人生において住宅につぐ高額商品だ。これを半額にすることは生活者にとって大いなる価値となり、少子化という先進 国最大の難問解決にもつながる。ライフネット生命は、生命保険を商品として利益を上げるためだけに存在している会社ではない。このような社会的意義が根幹 にあり、その理念が組織内に浸透していることが、同社のブランドを際立たせている源となっている。
共通価値を実現するためのビジネスモデルもユニークだ。1996年、50年ぶりに保険業法の全面改正が行われる。この規制緩和(販売チャネル、商 品、保険料決定)において、世帯年収が低下しているにも関わらず保険料は高止まりしている外部環境を、同社は参入機会としてとらえた。また生命保険への加 入チャネルの多様化が進み、インターネット通販による加入意向も年々増加していたため、他社に先駆けてネット専業のビジネスモデルを構築することに狙いを 定める。その上で、競合優位性を維持するためのコアバリューを次の3点に定め、マニフェストという形で明文化した。
新規参入の独立系生命保険企業にとって、最大の課題はブランド認知や信頼性の獲得にある。そのため、スターバックスやGABAでブランディング責任 者だった中田華寿子氏をマーケティング責任者に迎え、まずは「10万人に愛されるブランド」になるためのユニークなマーケティング活動を展開した。まず応 援者を拡大するために出口社長自らが10人以上集まれば全国どこでも行脚するというミニ集会活動を開始、あわせて出版やソーシャルメディアを通じて同社の 理念を、経営陣が中心となって広く伝えた。さらに認知度の底上げを図るため、マス広告の効率的投下と戦略的な話題作りを組み合わせる。その結果、マイボイ スコム調査において、民間生保でトップの支持度 (ネットアンケート『生命保険会社のイメージ』(第7回) 2010/12/1~12/5を元に作成)を獲得するまでになった。ただし、その背景には同社が理念にそった真摯な経営をしている点を忘れてはいけない。 テクニック論もさることながら、同社の発信するメッセージが真実のストーリーだからこそ、生活者の心に響き、結果的に広く伝わったのだ。言動の一致する倫 理性の高い企業のみができるブランディングと言えるだろう。
第四レイヤー「顧客経験価値」は、機能や品質といった商品やサービスそのものの価値を超えて、商品サービスの購入や使用から得られる経験そのものの 価値を指す言葉で、「カスタマー・エクスペリエンス」とも呼ばれる。顧客経験価値におけるパラダイムシフトは「機能」価値から「情緒」価値へ。それも商品 で完結するのではなく、いかに顧客体験にエモーショナルな付加価値を創出できるかがポイントとなる。当節においては、企業の顧客接点における顧客経験価値 を最大化するために「顧客接点の全方位化」「顧客経験価値の設計」「顧客の声のフィードバックループ」に関して論じたい。
企業の顧客接点にテクノロジーによる新たなイノベーションが訪れようとしている。「オムニチャネル・リテーリング」だ。オムニとは「すべて、全方 位」といったことをあらわす接頭語で、全方位化した顧客接点を持つ小売業態をあらわしている。ウェブサイト、ソーシャルメディア、リアル店舗、キオスク、 カタログ、コンタクトセンター。さらにはモバイル端末、テレビ端末、ゲーム端末、ネットワーク家電、さまざまな在宅サービスにいたるまで、顧客接点となり うる、あらゆるチャネルに店舗を出店させ、同一した顧客体験を提供する。あわせてソーシャル・テクノロジーを駆使し、あらゆる接点で企業と顧客、さらには 顧客同士が相互交流できるような小売戦略を指している。「顧客エンゲージメントの革新」で紹介したマガジネ・ルイーザ、エッツィ、コムキャストなどは、オ ムニチャネル・リテーリングを目指す先進事例と言って良いだろう。
ザッポスが10年という歳月をかけて、その顧客経験価値をステップバイステップで進化させてきた様子を考察した。顧客に幸せを届けるためには、ベー スとして素晴らしい商品や品揃え、顧客サービスが、競合他社を上回るレベルで実現されている必要があるのは当然のことだ。顧客に対する価値創造にはステッ プがあり、低いレベルから高いレベルへ積み上げていく必要があるのだ。このステップは、社員エンパワーメントと同様に、マズローの五段階欲求、「生理的欲 求」「安全の欲求」「所属と愛の欲求」「承認と尊重の欲求」「自己実現の欲求」に当てはめることができる。参考まで、ザッポスにおける「顧客経験価値のピ ラミッド」は次のようになる。
ピラミッド内に記載されているのはザッポスにおける顧客経験価値、その右に書かれているテキストは、一般企業で考えた場合の典型的施策だ。社員協働 のピラミッドは多くの企業でほぼ類似したものとなるのに対して、この顧客経験価値のピラミッドは競争優位の源泉そのものであり、エクセレントカンパニーほ ど、競合他社と差別化された特徴を持っている。その独自性こそが、事前期待を上回る顧客体験を創造し、ソーシャルメディア上にポジティブなクチコミを拡散 させるドライバーとなる。特に、商品のコモディティ化がすすみ、競合他社との差別化が困難な時代において、上位三レイヤー、つまり顧客のエモーションに訴 える情緒価値、親切で温かい人間性を感じさせるサービスがキーとなるだろう。
生活者は企業に対して積極的に物申すようになってきた。これからの企業は、今までより遥かに真摯に顧客の声一つひとつに耳を傾ける必要にせまられる はずだ。ソーシャルメディアを通じて届くサイレントマジョリティの生の声、店舗やカスタマーサービスに毎日報告される顧客の声。企業は、それら顧客接点に おける顧客の声をデジタルデータとして蓄積するとともに、経営の中核として捉え、全社を巻き込んで改善のフィードバックループを構築することが強く求めら れている。
顧客の声に対する責任部門を設置し、その部門でプライバシーや重複などでフィルターをかけた後に、その声を全社にフィードバックする。責任部門は部 門横断的に解決する必要のある重要問題のみを担当し、それ以外の改善は各部門に任せるのが良い。統制のかわりに透明の力を使う。つまり、顧客の声に対する 各部門の改善策と実施状況について、オープンなプラットフォームで共有し、それらを社員誰もがいつでも見られるようにする。あわせて、定期的に顧客の声の 分析を行い、時系列でまとめて全社にフィードバックする。改善の実感を全社員で感じる仕組みが大切なのだ。
このフィードバックで集約された顧客の声、改善結果、ハッピーストーリー、顧客ロイヤルティ調査などは大変貴重な情報だ。これを定期的に社内外に告 知することは、社内の顧客志向意識を高め、社外に傾聴姿勢をアピールできるため、ブランディングにとって一石二鳥となるだろう。
第五レイヤー「事業成果」は、企業が顧客への価値創造を提供した結果、事業成果として得られるものを評価するものだ。ここでは「利益」から「持続」 へのパラダイムシフトが重要なポイントとなる。企業が売上や利益至上主義に傾いた一因に、バランスシートに計上されない知的資産、ブランド価値、企業文 化、長期的な事業投資などを適正評価できなかったことがある。バリューチェーンで見えないアウトプットとした「ノウハウ」や「ブランド」はまさにこの無形 資産にあたる。当節においては、ロバート・S・キャプランとデビッド・ノートンが開発したバランススコアカード(Balanced Scorecard、以下BSCと省略)の考え方を基本フレームとして採用したい。BSCは、従来からの「財務の視点(過去)」に加えて「顧客の視点(外 部)」「業務プロセスの視点(内部)」「成長と学習の視点(未来)」をプラスすることでバランスのとれた指標とし、有形資産のみならず、無形資産や未来へ の投資を含めた企業の現在を総合的に評価する業績評価システムだ。
インサイドアウトの観点で捉えると、BSCの4つの視点は、ソーシャルシフトのレイヤー「社員協働メカニズム」「ビジネスモデル」「顧客経験価値」 「事業成果」とそれぞれ一意に対応している。つまりBSCの仕組みを活用し、この4つのレイヤーそれぞれの進捗や成果を可視化し、全社でオープンに共有す ることを目論むものだ。
財務の視点、そして業務プロセスの視点は、該当組織で従来から活用されている指標をベースとすれば良い。また新規事業の導入期は、リーン・スタート アップ方式の指標を検討すれば良いだろう。ここでポイントとなるのは、一般企業ではあまり指標化していない「学習・成長の視点」と「顧客の視点」だ。その 二点については、それぞれ紹介した「社員協働のピラミッド」「顧客経験価値のピラミッド」と連携させ、それぞれの施策の効果を時系列で測定することが重要 だ。
これまで、ごく一部の経営幹部が独占していた情報を社内に解放することで、チームや社員は常にバランスのとれたコンパスを持つことになる。そして、 経営参画意識を持ちながらチーム内で協働し、それぞれの業務を最適化できるようになる。自律的に組織を運営し、持続的な成長を実現するために、バランスの とれた指標の共有化は欠かせない要素と言えるだろう。