インサイドアウト・イノベーションその2

最初のレイヤーは、企業やブランドの中核となるべき哲学、人間でいえば「心」のあり方を紐解くことからはじめたい。こ こで最も重要なことは、中核におくものを「社員の規律を促すためのルールブック」ではなく「社員が自律的に行動するための使命、目標、価値観」に置き換え るという点だ。この「規律から自律」へのパラダイムシフトは、組織、ビジネスモデル、顧客サービス、そして事業成果すべてを変革する核心をなすものだ。

ブランドの本質は「生活者との約束」だ。それを守り続けることで信頼感が醸成され、ブランドのアイデンティティが確立されていく。顧客とのコミュニ ケーション、社員とのコミュニケーション、さらには取引先や株主、地域住民とのコミュニケーション、すべてに一貫性を持つことが重要だ。したがってブラン ドごとに「ブランド哲学」を持ち、それを社内外に浸透させる必要が生まれてくる。今までのブランディング施策は、長期的な競争優位を確立する目的で、社外 へのブランド戦略を重視することが多かった。透明性の時代においては、社員こそがブランドの体現者であり、歩く広告塔となる。そのため、企業の内面からブ ランド哲学を浸透させるインナー・ブランディングの重要性がより増していくだろう。

1. ミッション、ビジョン、コアバリューの策定

ブランドの哲学は「ミッション」「ビジョン」「コアバリュー」に構造化することができる。「ミッション」とは、そのブランドが何のために存在するの かという「ブランドの存在意義」であり、ブランドの持続可能性を決定づけるものだ。それに対して「ビジョン」とは未来を創りだすもので「ブランドにとって 望ましい未来像」を描き出したものだ。そしてもう一つ、「コアバリュー」とは企業における核心的な価値、「そのブランドは何を大切にしているか」をあらわ すもので、社員にとっては精神的な行動規範に通ずるものだ。

多くの企業は経営理念を持っている。理念、社是、社訓など名称はまちまちだが、まずは、その理念が「ミッション」「ビジョン」「コアバリュー」の内 容を含んでいるかを検証することから始めたい。歴史ある企業ほど、過去の理念が加筆するカタチで積み上げられ、社員が記憶できないほど複雑化していること も多い。また高邁すぎて社員の行動規範となりにくいケース、あまりに汎用的で行動に結びつきにくいケースも散見させる。ブランドの哲学を創造する際のポイ ントをいくつか挙げておきたい。

まず「ミッション」は、何を持って社会に貢献するのか、生活者に貢献するのかをシンプルに表現した「持続可能な存在意義」だ。企業の最も根幹をなす 理念と言ってもよいだろう。「何によって世界をより良くするか?」「持続可能で、将来の展開も含んだ使命となっているか?」「使命に独創性があるか?」と いった点を深慮して練りあげたい。マイケル・E・ポーターの提唱するCSV (Creating Shared Value、社会との共通価値の創造) 、社会的価値を創出することで経済的価値を享受するという考え方を「ミッション」に盛り込むことは、企業のサステナビリティを確保するためにも重要だ。ま た、ミッション創造の背景に、生活者が共感する真実のストーリーがあるとさらに効果的に浸透しやすい。

次に「ビジョン」は、自社がこれからどのような企業像、ブランド像を目指していくかをシンプルに表現した「未来に導く羅針盤」だ。「どんな会社、組 織、ブランドになりたいか?」「独りよがりではなく、社員や顧客、広く生活者が共感するものか?」「社員が実現可能性を感じる未来像か?」といった点を考 慮したい。ビジョンは経営者だけでなく、社員にとっても夢となるものだ。社員が可能性を感じ、ともに歩みたいと心から願う未来像になっていることが肝要だ ろう。また事業計画の目指す先には、この「ビジョン」の実現がなくてはならない。単なる数値目標ではなく、その意味を社員が共有し、全社一丸となって目標 に向かうためにも「ビジョン」の浸透が重要となる。

最後に「コアバリュー」だが、ミッションやビジョンを実現するために企業やブランドが共有すべき「組織としての価値観」だ。「ミッションを実現する ための独自に持つべき価値は何か?」「社員の行動を具体的に導くことができる内容か?」「社員を幸せにする内容になっているか?」といった点を考慮した い。特に社員の創造性や協働を促進するとともに、顧客に対する独自の価値創造につながる必要十分な内容かどうか、また具体的な行動に結びつく親しみやすい 内容になっているかを意識して練りあげたい。

一般的に、「ミッション」は創業者ないし経営者が練り上げ、「ビジョン」は経営陣が原案を創り、社員の賛同を広く得ることが望ましい。それに対して 「コアバリュー」は社員の日常行動に繋がるものなので、全社参加型でじっくり創り上げられるとベストだろう。例えばザッポスのコアバリューは「ザッポスら しさってなんだろう。ザッポス社員らしさってなんだろう?」というトニー・シェイのメールでの問いかけをきっかけとし、一年もの期間をかけ、全社員が参加 して創りあげた価値の高いものだ。そのため社員にとって「自分ごと」となり、社内浸透にも大いにプラスとなった。

[章内コラム] ライフネット生命のケースに学ぶ ~ ブランド哲学

開業わずか4年弱で東京証券所マザーズ市場に公開した「ライフネット生命」は、国内において74年ぶりとなる親会社に 保険会社を持たない独立系の生命保険会社だ。日本生命を退社した出口社長が還暦で興したベンチャー企業ということでも話題になった。あえて独立系というイ バラの道を選んだのは、「保険料を半額にしたい」「保険金の不払いをゼロにしたい」「生保商品の比較情報を発展させたい」という創業時のビジョンが生保業 界にとって破壊的なイノベーションとなるため、同業者が株主となっては実現困難だと判断したからだ。アクチュアリー(保険料率算出などの専門職)や医師の 派遣、情報システム構築などの面で親会社を持つことは大いなる優位性となる。それにもかかわらずゼロスタートを選択した背景には、旧来の常識にとらわれな い理想の生保会社像を目指す強い意思が感じられる。「自分に正直に、理想の会社を創ったら、こうなりました」。出口社長の語り口は穏やかだが、正直さゆえ に染み入るような説得力がある。その結果、徹底的に生活者視線で、社員が活き活き働く、まさに「ソーシャルシフト」を体現した稀有な上場企業となってい る。

ミッション

「若い世代の保険料を半分にして、安心して子供を産み育てることができる社会を作りたい」
世帯年収が10年前と比較し低下傾向(1世帯あたりの平均所得が12.3%減少、出所:厚生労働省「2010年国民生活基礎調査の概況)であるにも関わら ず、保険料は一家族あたり年間41.6万円(出所:生命保険文化センター 2012年9月19日発表)と高止まりしている。そのために、若い世代の人たち は子供が欲しくても収入に不安があるために躊躇してしまう。ライフネット生命は、この社会的な課題を解決するために創業された。安価でシンプルな保険を提 供し、それによって子育て世代をバックアップしていくこと。これが同社のミッションである。

ビジョン

「正直に経営し、わかりやすくて、安くて、便利な保険商品・サービスを提供する」
同社は現時点で、保険料の内訳もすべて公開する唯一の保険会社だ。コストを抑えるため販売員も実店舗も持たず、「コア商品」と「ネット直販」に経営資源を 集中することで、サービスの質とコスト競争力を高め続けている。保険サービスはミッションに基づき、子育て世代のコア・ニーズである死亡保障・医療保障を 基本とし、国内生保では初となる就業不能保険「働く人への保険」も開始した。また創業以来、業績を月次で開示し、株主総会も事前に資料を配布した上で週末 に開催するなど、株主に対する透明性を大切にしている。

コアバリュー

「ライフネットの生命保険マニフェスト」
ビジョンを実現するためには、生命保険をわかりやすくすることがとても大切だと同社は考えている。そこでコアバリューにあたる同社マニフェストにおいて 「生命保険はむずかしい、そう言われる時代は、もう終わりにさせたい」と宣言し、実現のための24の約束事をつくった。このマニフェストは、お客様に対す る宣言であると同時に、社員の行動指針、行動を規範するルールでもある。コアバリューを業務単位まで落とし込んでいるため、社員が自律的に判断して行動す るための具体的な指針となっている点に特徴がある。

ライフネットの生命保険マニフェスト (参考)
http://www.lifenet-seimei.co.jp/profile/manifesto/

2. 社員協働メカニズム

第二レイヤー「社員協働メカニズム」とは、協働の成果を最大化するための組織構造、情報共有の仕組み、動機づけの設計をまとめたものだ。IBM CEO Global Study 2012調査においても、価値創造の源泉として最も重視されていたのは「人的資本」だった。社員が本来持っている力を結集するためのメカニズムは、かねて より最大の経営課題といっても過言ではないだろう。パラダイムシフトの核となるのは、組織を動かす原動力が「統制」から「透明」に変わっていくこと。オー プンで自律的な組織体を創り上げることが鍵となるだろう。この節では「組織編成と意思決定システム」「コラボレーション・プラットフォーム」「協働のエン パワーメント設計」の3点についてまとめたい。一貫して重要なのは、社員を単なる経営資源として見るのではなく「心を持った人間」として尊重することだ。

2-1. 組織編成と意思決定システム

そのチーム内で貢献の成果を実感できるような、完結した業務を担当するチームを組織の基本単位とする。参考まで、ソー シャルネットワーク上では人間関係にいくつかの階層があることがわかっている。この人数は組織構成にも応用可能だ。先進的な組織構造を持つ企業において は、チーム構成の人数は5-15人程度に抑えていることが多い。事業や地域、製品などでまとめられたチームの集合体も150名以下とし、一人ひとりの顔や 個性がわかる職場を意図的に設計している。社内における人間関係と業務効率の相関性は実証されており、コネクテッド・エコノミーにおいては、あらゆる局面 でこのような人間的配慮が重要になるだろう。

有機的組織への移行においては、管理部門や管理職の意識改革が決定的に重要となる。機械型組織における管理職の役割は上意下達、指示と情報の伝達だった。有機的組織においては、指示より自律的行動が優先され、情報は広く共有される。Vol.5においては、有機的な組織へ変革するための6つのステップとして、組織抵抗の少ない順に具体的な事例とともに掲示しているので参考にしてほしい。

  1. 1. 全社を横断するアイデア・プラットフォーム (オレンジ)
  2. 2. イノベーションを創造する仕組み (ワールプール)
  3. 3. パランスのとれた業績評価 (ERM)
  4. 4. 組織フラット化と情報共有 (シスコ)
  5. 5. 性善説で成果志向な職場環境 (ベストバイ、ジェットブルー)
  6. 6. 価値観を共有し、社員が自律的に行動する組織 (ホールフーズ)

2-2. コラボレーション・プラットフォーム

有機的組織への変革は「コラボレーション・プラットフォーム」、すなわち社内でクローズしたソーシャルネットワーク環 境ないしそれに準じた情報共有システムの構築が前提となる。社内に透明性があり、オープンに情報が共有されることで、はじめて社内に信頼関係が醸成され、 協働が促進されるからだ。シスコは、この点でも最もすすんだ企業のひとつだろう。同社では「コネクト ~ 人と人とを結びつける」「コミュニケート ~ 効果的・効率的な情報伝達」「コラボレート ~ 内部・外部との協業・協調」「ラーン ~ 情報共有・学習」という4つの基軸で独自のコラボレーション・フレームワークを構築し、外部パートナーを含めた人々が、このオンライン空間で協働してい る。またこれによりオフィス外でも仕事をできる環境を提供し、大幅な生産性向上とコスト削減を実現した。

ただし、一般企業においてこれほどの投資は不要だろう。まずシンプルに企業内でクローズしたソーシャルネットワークを導入し、社内をオープン化する ことをすすめたい。このコラボレーションの活性化にはノウハウが必要だ。まず意識の高い少数有志が実験的に導入し、徐々に社内に広めていくこと。プロジェ クト単位での活用を基本として、コミュニケーションの場をメールからシフトすること。活性化してきたら横断的なアイデア投稿の場を創ること。そして経営者 自らが関心を持ち、社員の意見にフランクでポジティブなコメントを寄せること。オープンな場での説教や指示はご法度だ。そして定期的に社内アイデアコンテ ストを開催し、社員の参画を促進していく。またこのプラットフォームに投稿された情報を選択して、フェイスブックなどの社外向けパブリック・ソーシャル ネットワークに投稿するのも効果的だ。あわせて、前節でも紹介したが、「コアバリュー」と連動した社員同士の褒め合う仕組みは、社内活性化に効果的なので おすすめしたい。

2-3. 協働のエンパワーメント設計

社員エンパワーメントにおいて重要なポイントは、社員視点にたって、社員の幸せを実現しようとする強い使命感だ。ホー ルフーズ・マーケットのジョン・マッケイ、ザッポスのトニー・シェイらは、マズローの五段階欲求を基礎として自社の経営スタイルを確立したことで知られて いる。彼らは社員に対しても顧客に対しても、その欲求を満たすことを真摯に追求し続けている。社員の幸せを実現するには、報酬や福利厚生だけでは不十分で あり、その上位に位置する所属と愛の要求、承認と尊重の欲求、自己実現欲求を、低いレベルから高いレベルへ満たすべく真摯に努力を続ける必要がある。以下 にマズローの五段階欲求をベースにした、社員の幸せを創造する「社員協働のピラミッド」を提示したい。

写真協働のピラミッド

最もベースになる階層は「生理的欲求」に相当するもの、これは主として「生活を支える報酬」を指す。第二の階層「安全の欲求」は、やはり安全を維持 するための収入とともに「雇用に対する安心感」「適正な労働時間」それによる「ライフワーク・バランス」などがあげられる。第三の階層「所属と愛の欲求」 は、職場内におけるエンゲージメント、すなわち「チームワーク」「仲間意識」「情報共有による一体感」が重要になる。第四の階層「承認と尊重の欲求」にお いては、社員の認知欲求を満足させることが大切だ。「褒賞制度」「意見の尊重」「経営参画意識」「貢献へのフィードバック」といった施策がポイントと考え られる。特に重要なのは貢献に対するリアルタイムでポジティブなフィードバックだ。ここで、ポジティブな評価をネガティブな指摘の少なくとも3倍、理想的 には6倍とすることが重要だ。第五の階層「自己実現の欲求」においては、Vol.2で詳説した心理的エネルギーが100%発揮される「フロー体験」を実現できる環境を提供することだ。また「好きなことに専念できる環境」「自己成長の実感」「企業への愛情」などもこの階層に相当する。

米国心理学者フレデリック・ハーズバーグは、給与や作業条件などは不足すると不満足を起こす「衛生要因」であり、逆に承認と尊重の欲求や自己実現欲 求などは満たされると満足感を覚える「動機づけ要因」であるとして二要因理論を提唱した。図内であらわしたように、このピラミッドでいうと「報酬」や「適 正な労働時間」「雇用に対する安心感」、さらに「社内エンゲージメント」の一部までが「衛生要因」にあたり、それ以上の階層が「動機づけ要因」と考えて良 いだろう。

企業は、報酬や福利厚生、労働時間などの衛生要因のみならず、社内エンゲージメント、ポジティブ・フィードバック、さらにはフロー体験などの動機づ け要因が実現される職環境をいかに社員に提供するかを追求し、それを下から一つずつ実現すべきだ。それによって社員の自社に対する愛情が強まり、彼らの潜 在能力が引き出され、生産性や創造性が向上していく。これらの施策においては、従来は経営と敵対関係と見なされがちだった労働組合とも率直に話し合い、協 働してすすめることも検討すべきだろう。