インサイドアウト・イノベーションその1

アウトサイドインから、インサイドアウトへ

価値観と情報を共有して、社員が自律的に行動できる環境を創造すること。顧客とのエンゲージメントを深め、事前期待を上回る体験を提供すること。そ して取引先とのパートナーシップを深め、イノベーションを創出すること。これらソーシャルシフトの三基軸は、いずれも「人間同士の信頼関係」を深めること で価値を創造する点が共通している。信頼関係は、金銭的な動機づけや、恐怖や統制による管理手法の対極にあるものであり、社員や顧客、取引先の社員を「人 間として尊重する」ことを基点としたものだ。

これまで、多くの企業ではアウトサイドイン、つまり結果に対する目標値から施策をブレイクダウンするアプローチがとられていた。経営陣は、株主から 高い評価を得るために、売上や利益をビジョンとして掲げる。それが各事業部に分解され、現場の目標値となり、その数値への貢献が社員の評価となる。予算内 で、いかに効率的に新規見込客を開拓し、売上に結びつけていくか。巧みな契約やサービス体系で取引期間を継続させるか。人件費や外注費を圧縮するか。それ らによって自らの昇進や報酬の多寡が決まる。自ずと社員も管理職も経営者の顔色を伺うようになり、顧客への価値創造から上司の評価に関心が移っていく。

アウトサイドインのアプローチが継続的に成功するためには3つの前提がある。一つは成長し続ける市場が存在すること。二つ目に手続き的な業務が中心 で、創造性を必要としないこと。三つ目に情報の非対称性、つまり社員や顧客に十分な情報が与えられていないことだ。これらを前提とした環境においては、ア ウトサイドインのアプローチは効率の良い経営手法となる。日本の高度成長期からバブル期にかけては、まさにスリーカードが揃っていた。そのため、経営幹部 の多くはアウトサイドインによる成功体験を持っており、その考え方を背景とした統制型の管理手法が脈々と続いている。

しかしながら時代は変わった。現代は「低成長」「創造性」そして「透明性」の時代だ。困難な数値目標から入り、社員や取引先を疲弊させ、顧客に失望 を与えるアウトサイドインのアプローチは、すでに非効率な手法となっている。優秀な社員は退職し、優良な顧客や取引先は離れ、悪い評判だけが拡散する。そ して求人や販売促進の投資効果が悪化し、業績が低迷しはじめる。ひとたび生活者にブラックなブランドイメージが定着すると、それをリカバーすることは困難 であり、負の連鎖が続いていく。

中間の考え方に「顧客の声」を最重視する、準アウトサイドインとも言える顧客至上主義がある。この顧客至上主義は、顧客サービスを最優先するあま り、社員に対する過剰な労働強制や、限界を超えた取引先への値下げ圧力につながりかねない。近年では「感情労働」という言葉で、感情の抑圧や忍耐などを強 制する仕事の問題点も指摘されるようになった。同じ数値目標でも「組織から強制されるノルマ」と「自発的に設定した目標」が全く異なるように、同じスマイ ルでも「強制された笑顔」なのか「自発的な笑顔」なのかで意味あいは大きく異なる。規律ではなく自律が、義務や強制からではなく内発的な動機づけが重要な のだ。また経営はバランスが命であり、顧客の声のみに力点をおく経営手法は持続性につながりにくいだろう。

アウトサイドインがいわば対症療法に相当するのに対して、インサイドアウト、つまり内面から変革していく取り組みは根治療法を目指すものだ。古い格 言に「心が変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば運命が変わる」という言葉がある。これこそが インサイドアウトのアプローチだ。ビジネスにおいて、心にあたるのは「使命や価値観」であり、行動にあたるのは「業務遂行による価値創造」、習慣にあたる のは「社内の風土」、人格にあたるのは「ブランド・パーソナリティ」、運命にあたるのが「社会との共生とビジョンの実現」だ。

ソーシャルメディアにより、企業は言動を一致させなくてはいけない時代になった。大資本を投入してブランドイメージを創りこんでも、社員ひとりひと りの行動がそれと乖離していれば生活者の共感は得られない。真摯で誠実な企業姿勢を基礎とし、持続的に社会に貢献すること。そのために、共通の使命や価値 観を共有し、オープンな組織と情報共有で社員の自律的行動を促し、社会に貢献するビジネスモデルを構築し、顧客の事前期待を上回る価値を創造することだ。 このインサイドアウトのアプローチこそが持続的な事業成果を生みだす源となる。そして時間とともに社風やブランドが醸成され、長期的なビジョン実現に結び つくのだ。当章においては、ビジネスをインサイドから変革し、社員、顧客、取引先との関係性を深めていくための具体的な道標を提示していく。そのために、 まず企業のインサイドを構造化することからはじめたい。

ソーシャルシフトを構成する5つのレイヤー

ソーシャルシフトの概念を体系化すると、インサイドからアウトサイドへ、5つのパラダイムシフトで構成される。企業の中核となる「理念」は「規律か ら自律」へ。その原動力となる「組織」は「統制から透明」へ。社会に貢献するための「事業」は「競争から共創」へ。生み出される顧客への「価値」は「機能 から情緒」へ。そしてその事業成果を測定する「目標」は「利益から持続」へ。インサイドからアウトサイドへ、それぞれの原則がシフトしていく。

図:ソーシャルシフトを構成する5レイヤー

図:ソーシャルシフトを構成する5レイヤー

図:ソーシャルシフト、5つのパラダイムシフト

図:ソーシャルシフト、5つのパラダイムシフト

そして、この5つの原則を具体的なレイヤーに落とし込んだものが図だ。最も中核に位置づけられるのは、企業の理念となる「ブランド哲学」だ。これは ミッション、ビジョン、コアバリューの三要素で構成された企業経営の根幹であり、社員の考え方や行動の拠り所となるものだ。次のレイヤーは、その理念を実 行するための「社員協働メカニズム」だ。これは社員で構成される組織、そして情報共有やコミュニケーションのためのプラットフォームを指している。第三の レイヤーは、社会に貢献するための「ビジネスモデル」、すなわちパートナー協業によるバリューチェーンを基礎とした事業戦略と収益構造の仕組みを指してい る。続く第四のレイヤーは、事業により創造される「顧客経験価値」だ。そして最後のレイヤーは、顧客が価値への対価を支払うことによって生み出される「事 業成果」だ。この成果が事業活動にフィードバックされることで、企業の持続的な成長が可能となっていく。ソーシャルシフトの三基軸は、「社員エンパワーメ ントの革新」が「社員協働メカニズム」に、「パートナー・コラボレーションの革新」が「ビジネスモデル」に、「顧客エンゲージメントの革新」が「顧客経験 価値」に、それぞれが各レイヤーと一意に対応している。

今後2回の記事にわけて、この5つのレイヤーをいかに変革するべきか、それぞれ具体的なアプローチを提言していきたい。