「ソーシャルメディアは、ステロイドを飲んだ会話だ」。イスラエルの著名な投資家ヨシ・ヴァルディは、その驚くべき伝播力を過激に表現した。生活者 は、企業とのあらゆる接点において「その企業や製品、サービスをいかに感じたか」を瞬時にシェアするようになった。それもわざわざ文章に創意工夫をこら し、写真や動画を添付し、どう友人に自分の気持ちを伝えることができるか、クリエイティブまで施して投稿する。今や、彼らは「歩く広告塔」であり、顧客接 点こそが「広告を生み出す瞬間」となったのだ。
企業には多くの顧客接点がある。印刷媒体、テレビCM、クーポン、ウェブサイト、ダイレクトメール、メールマガジン、イベントや展示会、メディア掲 載記事、投資家への告知情報、自社ブログやコミュニティ、店舗ディスプレイ、店頭広告、コマースサイト、販売員、製品サービスの品質、ロイヤリティプログ ラム、顧客サービスの案内ページ、顧客サービス担当員、ユーザー講習会、請求書、顧客サーベイ、コミュニティ活動、社会貢献活動、株主総会。そしてソー シャルメディアも登場した。
中でも重要なのが、人間と人間との接点、属人的な顧客接点だ。「フェイス・トゥ・フェイス ~ 店頭での接客、営業スタッフ、リアルイベントなど」、「コンタクトセンター ~ 購入後の顧客サポート」、それに近年登場した「ソーシャルメディアでのコンタクト」。これら三接点は、非属人的な顧客接点である「マスメディア」、「一般 的なウェブサイト」、「製品」などと比較して、よりエモーショナルな顧客体験を提供できるチャンスとして見なされるようになってきた。
前回のIBM調査では、これから「ソーシャルメディア」は、企業にとって「フェイス・トゥ・フェイス」につぐ基幹の顧客接点となると予想されており、オープンに 「個」のレベルのおもてなしをするための戦略的なメディアとなっていくだろう。従来のフェイス・トゥ・フェイスと異なるのは、ソーシャルメディアを媒体と して、顧客の体験がオープンに拡散していくこと。事前期待を上回るような体験を提供できれば、生活者が「歩く広告塔」になるため、既存の接点と比較して投 資効果の高いものとなる。
そのため、今まで企業がリアル店舗やイベント、コールセンターに投下していたマーケティング予算の一部は、オンライン上のソーシャルメディア接点に移行するだろう。
では、具体的にどのようにおもてなしをオンライン上で実現するのか、この節では、店舗体験をウェブ化したマガジーニ・ルイーザ、リアルイベント体験をウェ ブ化したエッツィ、顧客サポートをウェブ化したコムキャストを事例としてとりあげ、それぞれのエッセンスを概観してみたい。
1957年に創業したマガジーニ・ルイーザは、耐久消費財を中心としたブラジルNo2のデパートだ。社員数は2.3万人、店舗数は700店を超え、 8箇所の流通センターとネットショップを運営している。彼らの使命は顧客に幸せを届けること。顧客との関係性を深め、そのショッピング体験を幸せなものに するために、積極的にさまざまなイノベーションに取り組んでいる。
例えば、オンライン電子商取引の可能性に気づいた同社は、インターネット普及以前、1992年にeコマースと実店舗を融合した革新的な店舗を開始している。電子商取引の雄、アマゾン・ドットコムの創業より2年さかのぼる先見性だ。
当時、オンライン・ショッピングに不慣れな利用者のために、店員と一緒に座って相談しながら買い物ができるリアルな店舗も用意した。顧客と直接対話して安心感を提供しながら、顧客のネット・リテラシーを高めていったのだ。
このネットショップ型店舗は、料理教室やコンピュータ教室といったコミュニティを支援するサービスも提供し、地域の社交場として進化した。今や、ブラジル全土で100店以上を展開するにいたっている。
続いて、顧客がオンライン・ショッピングに慣れたタイミングで、自社のウェブサイトに"Lu" と名付けたバーチャル販売員を登場させた。この販売員は、フェイスブック、ツイッター、ユーチューブ、ブログ、ポッドキャストなど多様なソーシャルメディ アにも登場し、共通したコミュニケーション設計のもと、顧客と丁寧に対話交流をしている。
このように、同社は顧客が望むあらゆる接点に出店し、オンライン・オフラインを問わず、統一されたブランド体験を提供できるよう積極的にイノベーションに取り組んでいるのだ。
これらを実現するためには、社員が自律的に行動し、顧客に素晴らしい体験を提供できるかどうかがキーとなるが、その点でも同社は抜かりない。創業以来、人 材を最重視する経営方針をとっており、14年間連続してグレート・プレイス・トゥ・ワーク研究所のランキングにおいて「最も働きやすい職場」の一社として 評価されているのだ。
特に2010年には「社員との対話」の項目で、2011年には「社員に対する聞き上手」の項目でそれぞれトップとなっている。
さらに2012年に入り、同社は新たなるイノベーションに取り組み始めた。フェイスブックとオーカット(ブラジルで普及するSNS)上に「マガジーニ・ ヴォセ(あなたのお店)」を開設できるという一種のアフィリエイトサービスだ。出店を希望する利用者は、自分のお気に入りの商品を配置した店舗ページをつくることができる。
つまり、その日から誰でもソーシャル・ストアのオーナーになれるわけだ。ストア・オーナーのコミッションは2.5% から4.5%で、商品出荷や代金回収はマガジーニ・ルイーザが行う。同社は1月26日に「マガジーニ・ヴォセ」の一般募集を開始、年度目標としていた1万 店舗はわずか2日間で達成された。しかもソーシャル・ストアの平均購入率は、同社のオンライン・ストアより成約率が高いとのことだ。
エッツィは2005年に創業されたハンドメイド商品に特化したオンラインのマーケットプレイスだ。700万人を超える利用者の多くは若い女性で、アクセサリーやアートなどのハンドメイド作品を売る人、買う人でにぎわっている。
2010年の時点で売上は推定約3億ドルで、現在も事業は順調に拡大を続けている。収益はイーベイやヤフーオークションと同様の売買手数料だが、2010年の時点で黒字化したと発表された。
同社のミッションは「人がモノを作って生計を立てることができるようにし、創り手買い手の絆を深めること」、ビジョンは「新しい経済の仕組みを創造し、よりよい選択肢を示すこと」。
まさに同社は、自らが掲げるブランド哲学に忠実にサービスを進化させてきた。同社が徹底的にこだわっているのは、創り手と買い手、つまり顧客同士の関係性を深めること、そして今までにないワクワクの買い物体験を提供することだ。
顧客間の交流を促進するために同社が用意している場は極めて多様だ。まず自社サイト内に利用者同士が直接交流できる場をつくり、多様なコミュニティやイベント、学びあい、作品の協業などを可能にした。
さらにオフラインでの交流も積極的に推進しており、エッツイ本社をはじめ、多くの場所でイベントが常時開催されている。あわせてフェイスブック、ツイッ ター、フリッカー、タンブラー、ブログ、ミートアップなど多様なソーシャルメディアを高度に活用しており、中でも彼らのツイッターは商用では世界トップク ラスのフォロワー数、そしてサイト流入量を誇っている。
最近注目されているのは、写真共有ソーシャルメディアとして急成長するピンタレストとの連携だ。やはり若い女性ユーザーが中心で、写真を見て美しい作品を 選ぶ特性が共通していることから、エッツィ出品者自らがピンタレストに投稿し、それがバイラルすることで大量のサイト流入を誘起している。
そしてもうひとつのポイントは女性がワクワクするような買い物体験だ。利用者はカテゴリーや検索など従来の仕組みで作品を探せるのはもちろんのこと、色指 定や創り手指名、トレンド、類似商品の提示などから、作品や人との「予期せぬ出会い」を促進する演出がいたる所に配置され、ショッピングのワクワク感を醸 成している。
さらにサイト上からフェイスブックと接続すると、友達のプロフィールからおすすめ作品を自動推薦する機能などもあり、プレゼント交換が好きな若い女性のニーズを見事にとらえている。
米国の急成長ベンチャーに共通することだが、社員のエンパワーメントにも十分な配慮がなされている。社員数は約300名、ブルックリンにある本社の内部は エッツィで販売されたハンドメイド作品が至る所に配置されている。受付にある手作りの木製デスク、4メートル近い天井を横切るカラフルな毛糸の空調ダク ト、屋内用自転車ラックなどすべてが手作りで、リアル・エッツィを体感できる室内になっている。
さらにオフィス内には自転車だけでなく、犬も連れてくることができ、排泄物や獣医の心配もしなくて良いという。サイトのコンセプトと一致した、自由で楽し い社風が育まれていることがわかる。そして、エッツィ・ユーザーはこの本社でさまざまなイベントに参加し、エッツィに対する愛情を深めていくのだ。
創業者のロバート・カリンは『テッククランチ』のインタビューに答え、エッツィの独自性を示唆している。
「市場(マーケット)とは対話だ。誰かが誰かから物を買うとき、そこにどんな会話があるのかを知りたい。フェイスブックのメッセージは結びつきと共有だけだが、エッツィではさらに交易行為が加わる。
つまりエッツィでは単純な人と人の関係ではなく、物を売る人と、その人から物を買う人との関係があり、その間にソーシャルな会話を育てなければならない。 利用者が商品を検索する場合でも、エッツィの場合は必ず人と物だけでなく、人と人との関係が存在する。(ハンドメイド商品のため、品物の背後に必ず人間が 存在する) それがまさにウェブのパワーだ。人間は村を作る生き物であり、ほかの人たちと結びつきたいと願っている生き物なのだ」。
コムキャストは1963年の創業以降、買収・合併を繰り返し、現在では圧倒的な市場シェアを持つ米国最大のケーブルテレビ運営会社だ。しかしながら、同社は深い悩みを抱えていた。最悪とまで言われた顧客サービスだ。
そもそも顧客満足度の低い同業界にあっても末席の常連となっており、業績や株価にもボディブローのように効いていた。ソーシャルメディア上でも彼らの悪い 評判はいたる所に書き込まれた。怒りに満ちたブログは数知れない。派遣した保守員が顧客宅のソファで寝ている姿をユーチューブに投稿されて100万回以上 も再生されるという炎上事件も起きた。
ネットに渦巻く怨嗟の声を集約するためのポータルサイトComcastMustDie.com、さらにその類似サイトまで登場し、同社に対する不満の声はピークに達する。
そんな逆風の中、2008年4月に顧客サポート部門の幹部、フランク・イライアソンは、自らが率先してツイッター検索でコムキャスト製品のセットアップに 困っているユーザーを探し出し、能動的に顧客のトラブルを解決するサービスを開始した。アクティブサポートと呼ばれる能動的な顧客サポートだ。
利用者はコムキャストに問い合わせたわけではない。「困っている」とツイッターでぼやくと、突然コムキャストから話しかけられ、彼らが解決に導いてくれるのだ。
当時、ツイッター上でもコムキャストに対する非難がうずまいていたが、彼のチームはそれに反論しなかった。言葉より行動で。お客様の困った声に一件ずつ丁寧に耳を傾け、トラブルを発見し、それを解決していく方針をとったのだ。
例えばある日、「コムキャストはクソったれ」と書かれた看板の写真をツイッターで見つけたイライアソンは、すぐに「何が問題なのか調べてみましょう」と投稿、1日足らずで発見者に「問題は解決しました」とツイートした。
おそらく写真から場所を判断、直ちに現地に顧客サポート要員を向かわせたのだろう。腹をたてていた持ち主は、彼の対応に満足して看板を撤去した。
そんな彼らの真摯な行動を見て、疑り深いネットの住人たちも次第に考えを改めていく。イライアソン一人だけでも解決したトラブルは年間2000件を超え た。企業が自ら困っている人を発見して話しかけるという意外性に多くの利用者は感動し、ツイッター上にはコムキャストに対する好感と感謝が滲み出しはじめ た。
現在、コムキャストのツイッターチームは約10名。それぞれツイッターアカウントを持ち、交代制で24時間困っている顧客をサポートしている。コムキャス トによると、ツイッターによる能動的な顧客サポートはコールセンターと比較してもはるかに顧客満足度が高いとのこと。同社への問い合わせ電話は1日あたり 80万件を超えるが、ソーシャルメディアでの応対は約2000件に過ぎない。
しかしながら彼らの行動はオープンな場で広く拡散され、効率的にブランドイメージを回復していった。
イライアソンが主導したボトムアップのサービス改革は、全社の意識を変革することにもつながった。2009年10月のWeb2.0サミットで、コムキャス トCEOブライアン・ロバーツは次のように語っている。「ツイッターでコムキャストの企業文化が変わりました。顧客の苦情を聞き、顧客と人間的に関わるた めにツイッターを利用しています」。
実際、コムキャストはツイッター活用によって顧客満足度を1年で9ポイントも高め、最大の懸念事項だった顧客サービスの改善へ向けて大きな一歩を踏み出すことになった。
商品販売、リアルイベント、コンタクトセンター。これら属人的な顧客接点をオンラインに拡張し、ウェブ上においても「個」のレベルでおもてなしするアプローチを紹介した。
これらの事例に共通しているのは、オンラインにおいてもその特性を生かし、オフラインを超えた顧客体験を提供しようとしている点にある。その核となってい るのはホスピタリティ、おもてなしの心だ。これまでの経営は、生活者を店舗や広告、イベントにいかに誘導するかに大きな力をかけていた。
しかしながら、ソーシャル・テクノロジーやモバイル機器の浸透が顧客体験を進化させる。これからは生活者の行く先、あらゆるところに企業が出向き、必要なときに「個」のレベルでおもてなしする時代。商品が顧客を見つける時代になってゆくだろう。