経営学者トム・バーンズとG・M・ストーカーは、英国における職場環境の研究から組織構造は「機械的組織と有機的組織」に類型されることを発見した。「機械的組織」とは、職務権限が明確で、上層部に情報が集中し、トップの命令と指示によって統制される中央集権型組織だ。
それに対して「有機的組織」とは、職務権限が柔軟で、情報は組織内のあらゆる場所に分散し、水平的なネットワーク型の伝達構造をもつ分散型組織を指す。彼 らは、電機産業への参入を試みた20の事業組織を対象に、市場や技術などの外部要因変化に対して、どのような組織構造が有効かを分析した。その結果、環境 が非常に不安定な場合には「有機的組織」が、環境が安定している場合には、「機械的組織」が適していることを発見したのだ。
不確実性、ドッグイヤー、そして透明性の時代となった今、多くの経営者は、使命や価値観、目標を共有し、現場社員が自律的に行動しながら、企業全体として最適化されるような有機的組織を目指している。
しかしながら、現実を見ると、ほとんどの企業は、機械型組織を基本構造として内包しており、時代の変遷とともに、その官僚的構造の弊害が顕著になってき た。それでは、管理層の抵抗を超え、社員の持つ能力を最大限に生かす有機的組織に変革するためにはどうすれば良いのだろうか。組織の形態は企業によって千 差万別だ。そこに正解の道筋はないが、典型的な組織革新のプロセスを、実際の成功事例をもとに、4つのステップで考察していきたい。
第一のステップは、全社でアイデアを募集するプラットフォームを構築し、そこに多くの社員の参加を募ること。組織にとって最も抵抗の少ないステップだ。組織の壁を超えた有益なアイデアが集まり、縦割り組織を打破するための第一歩としやすい。
フランスの通信キャリア、オレンジは、企業内起業に着目した社員参加型プラットフォーム「アイディクリック」を構築し、社内横断的に社員のアイデアを募集 した。対象とするアイデアに制限はない。既存プロセスの改善、設備の最適化、製品サービスの改良などさまざまなアイデアをブログベースで投稿し、コメント も自由に付記できる。2007年の開始直後から月2万件以上のアイデアが提案されて一気に活性化、投稿されたアイデアのうち2000件以上が実施され、累 計で400億円もの利益増やコストカットに結びついた。参考まで、オレンジはオープンなアイデア・プラットフォーム「ライブボックス・ラボ」や「ドリーム オレンジ」を通じて募集を外部にまで開放し、さらなる成果をあげている。
第二のステップは、アイデアをイノベーションに変え、それが持続的に実現される全社的な仕組みを構築することだ。このプロセスは大規模で時間がかかるが、組織構造の本質的な変革を伴わないため、管理層の抵抗が少ないのが特徴だ。
米国家電の製造販売を手がけるワールプールは、人望の厚い副社長をイノベーション責任者に任命し、5年間かけて経営プロセスにイノベーション創造の仕組み を内包させることに成功した。彼はイノベーションをリーダーシップ育成プログラムの中心課題とし、革新的なプロジェクトのために多くの予算を配置する。そ して製品開発プロセスにイノベーション盛り込みを義務づけ、それを支援するチームを数百人単位で組織化した。
また全社員にイノベーション教育を義務づけるとともに、経営層のボーナスの大きな構成要素とする。さらに四半期事業評価会議でイノベーションの実績を主要 テーマと位置づけ、イノベーション委員会により有望なアイデアの早期実現を図る。あわせて社員参加型イノベーション・ポータルサイトを開設し、イノベー ション実行の測定基準を開発して評価した。
ただし、これらの施策は綿密なマスター計画をベースとしたものではなく、変革しながら必要に応じて開発したものだという。改革着手は1999年、その結 果、2005年には、これらの施策の結果生み出された製品の売上が600億円を超え、500件以上のプロジェクトが現在進行形となっている。これらは全社 にイノベーションの仕組みが取り入れられた成果と言えるだろう。
第三のステップからは、大きな組織改造を含む変革となる。単なる分散型組織では、ERMと同様に部分最適の罠にはまってしまう。全社を対象としたオープンな情報共有プラットフォームが浸透して、はじめて全体最適化された分散型組織が構成されることになる。
2001年当時、ITネットワーク事業を世界規模で展開する米国シスコ社は、買収戦略を強力に推進したために組織が巨大化していた。一方で経営スタイルは 変わらず、多くの意思決定を10名ほどの幹部が行い、現場はそこから降りてくる命令に従っていた。その非効率さを痛感したCEOのジョン・チェンバースは 大胆な社内改革を実行する。
意思決定のレベルを三段階に分け、100億ドル以下の収益機会に対して16名の「カウンシル」、10億ドル以下の収益機会に対して50名ほどの「ボー ド」、ボードに属する個別の取り組みに対して「作業グループ」を組織化した。作業グループはボードに対して、ボードはカウンシルに対して、そしてカウンシ ルは最高幹部で構成される経営委員会に対して説明責任がある。評議会、委員会、作業グループのメンバーは約750名、それぞれが買収、新市場への進出、新 製品の開発といった戦略的決定に対して、自らの組織全体を代表して発言する権限を持った。ユニークなのは、カウンシルもボードも責任者を営業と技術の二名 体制とした点だろう。あわせて管理職の評価基準や報酬も全社業績の比率を高めた。
この改革の最大の目的は、部門ごと職務ごとの収益機会ではなく、会社の多様な部門にまたがる収益機会に迅速に反応することだ。これまで各事業部門の幹部は 互いに資源や権限を奪い合う関係だった。この改革によりカウンシルやボードで協力しあい、他部門の成功に対しても責任を共有することを目指したのだ。
しかし改革の道のりは平たんではなかった。特に困難だったのは管理層のマインドシフトで、20%の幹部は会社を去り、経営幹部全体にコラボレーションの文 化を浸透するのには4年かかったという。しかしながら、長い年月をかけて改革を断行した結果、今まで半年かかって立案していた計画が一週間でできるように なったとチェンバースは語る。
また組織変革の背景として重要な役割をしたのが社内を横断するコラボレーション・プラットフォームだ。コネクト(社員ディレクトリやスケジューラー等)、 コミュニケート(電話、メール、チャット、ビデオチャット等)、コラボレート(テレプレゼンス、ウェブ会議、Wiki等)、ラーン(教育プラットフォー ム)の4つを基軸として、ソーシャルやモバイル・テクノロジーも取り込んだ。現場チームは、このプラットフォームを用いて業務の効率化を図るほか、製品や 販売などの最新情報も共有し、自律的な活用が浸透している。今では全世界15万人以上のシスコ・グループに対してサービスが拡張されている。
最後のステップは、共有した価値観に基づき、社員が自律的に行動する、そして規律と自律を高次元で融合された組織体に昇華させるものだ。今までの組 織構造と根本的に異なるため、その変革には大きな労力と時間が必要だが、変革を実現した暁には、強力な競争優位が構築され、持続的な成長の原動力となるだ ろう。ここでは、一つの完成形として米国ホールフーズ・マーケットを事例としてとりあげ、その特徴を考察したい。
ホールフーズ・マーケットは、有機農産物や持続可能な農業に対して強いこだわりを持つ小売チェーンで、グルメ・フード、自然食品、オーガニック・フード、 ベジタリアン・フードなどの品揃えを特徴とする高級スーパーマーケットだ。すでに約300店舗、6万人近い社員を持ち、上場以来、約20年で売上規模を 45倍と急成長させた。また単位面積あたりの利益は、米国食品小売業でトップ、従来型スーパーと比較して2倍に達する。これらの成長は、業界でも類を見な いほど大きな自治権を持ったチームによって達成されてきた。
各店舗は8つほどのチームで構成され、それぞれが、鮮魚、青果、レジなどの店舗内の部門を担当している。新入社員はすべてチームに暫定的に配属され、一ヶ 月の試用期間が終わったタイミングでチーム内投票により命運が決する。このチームでフルタイム社員となるには、2/3以上の票を獲得しないといけない。同 僚による選定は本社チームも同様、すべての新入社員に適用される。
それだけではない。同社では、チームが採用、価格設定、発注、人員配置、店舗内昇進など、業務上の重要な意思決定を任され、責任を追うカタチになってい る。これはホームフーズの基本ポリシー、「その決定結果に最も直接的な影響を受ける人たちによって意思決定されるべき」という思想に基づいたものだ。
例えば仕入れに関してもチームが店長と相談して地元の顧客が興味を持ちそうな商品であれば、どんなものも仕入れられる。ただし全社共通の厳しい品質基準な どをクリアしていることが前提だ。各チームはプロフィット・センターとして機能し、チームの業績は労働生産性によって評価され、基準を超えたチームには毎 月ボーナスが配布される。顧客のために行動する自由と、会社のために行動する動機づけが同時に与えられていることが特徴だ。
チームは、同一店舗のすべてのチームおよび他店舗の類似チームの業績データを閲覧することができる。また同一店舗の社員給与をはじめ、店舗売上、チーム売 上、商品原価など、意思決定に必要なデータはすべて店舗社員に公開されている。同社の経営陣は、強い信頼は秘密のない環境が必要だと考えているのだ。情報 統制によって管理する従来型マネジメントスタイルとは、ここでも一線を画している。「本社から下されるルールはわずかしかない。その代わりに自己評価が活 発に行われている。ピア・プレッシャー(仲間からの心理的圧力)が官僚主義的な管理の代わりになっている」(経営の未来) と創業者のジョン・マッケイは語る。
社員にこれだけの権限委譲を行える背景には、価値観の共有を通じた双方の信頼関係がある。同社では「工業化による世界的な食品供給の流れを反転させ、人々 により良い食べ物を提供する」という共有された使命がある。「ホールフーズ(食べ物全体)、ホールピープル(人類全体)、ホールプラネット(地球全体)」 というスローガンのもと、徹底して身体に良い食品、無農薬で持続可能な農業を支援することにこだわり続けてきた。
それ以外にも、経営者らの最高報酬を社員平均の19倍以下に抑える(フォーチュン500企業では平均400倍以上)など、経営陣と現場社員の信頼関係を深めるために多面的な施策が採られている。
ホールフーズでは、すべての店舗チームが自ら経営者に近い感覚を持って日々の業務をこなしている。また全社員がコミュニティとしての一体感を感じ、使命を 持って仕事に臨んでいる。その背景には、規律と自律、競争と協働、短期的利益と長期的利益が高次元で融合された独特の経営管理システムの存在がある。
そして、このシステムはベンチャー企業だけでなく、大規模な組織にも適用可能で、持続的な成長を実現していることも注目すべき点だろう。
当章では、主に経営サイドの視点から、機械的組織から有機的組織への変革を図り、価値観を共有することで社員が自律的に行動できる組織像、そして変 革のためのステップを、各事例を参考にしながら考察してきた。最後に、現場サイドの視点から、有機的組織の有効性を論じたい。
現場の業務は「アルゴリズム型」(段階的手法ないしルーチンワーク) と「ヒューリスティック型」(発見的手法) に分類できる。アルゴリズム型業務とはマニュアルやスクリプト、仕様書などによって手順化することのできる定型的な仕事だ。
それに対して、ヒューリスティック型業務は、定形手順がなく試行錯誤しながら解決策を考えるタイプの仕事だ。直感的な意思決定、創造的な成果、芸術的なデ ザイン、人間関係が大切な顧客や取引先との交渉。企業のコアコンピタンスを支える価値創造は、ヒューリスティックであることがほとんどだ。
20世紀の工業社会においてはアルゴリズム型業務が多くを占めており、官僚機構とマニュアルによる科学的管理法が有効だった。しかしそれらは機械化、コン ピュータ化で減少の一途をたどり、高度な知的労働であるヒューリスティック型業務が増加してきた。2005年のマッキンゼー調査によると、新たに創られる 雇用のうち、アルゴリズム型業務の締める割合は30%に過ぎず、70%の仕事はヒューリスティック型業務に転換しているという。アルゴリズム型業務は精神 的疲弊を招くのに対して、ヒューリスティック型業務は楽しさを感じる仕事になりやすい。これは、古くからマネジメントの基本であった「仕事は楽しくない」 「社員は仕事をしたがらない」という性悪説の概念を覆し、仕事への認識やマネジメントの質的変換が必要なことを示唆するものだ。
また、心理学者テレサ・アマビルらの研究を通じて、アルゴリズム型業務には報酬と罰によって統制された「外発的動機づけ」が有効だが、ヒューリスティック 型業務にはむしろマイナスに作用する可能性が高いことがわかってきた。つまり、創造的な業務においては、知的好奇心や関心からもたらされる「内発的動機づ け」をベースにすることが望ましいということがわかってきたのだ。
有名な実験がある。マーク・レッパーとディヴィット・グリーンによる幼稚園児を対象とした観察実験だ。彼らは自由時間に絵を書いて過ごす子供たちを見つ け、それを3つのグループに分けた。Aチームは「良い絵には賞が出る」と事前に伝えられたチーム、Bチームは「事前に何も伝えないが、事後に賞状」を渡し て褒めてあげたチーム、Cチームは「何ももらえない」チームだ。二週間後の自由時間に驚くべき結果があらわれた。何ももらえないと思っているBチームとC チームは、二週間前と同様にたくさんの絵を熱心に書いていたが、賞が出ることを知ったAチームの子供たちは実験前より絵に対する興味を失っており、絵を描 く時間も格段に少なくなってしまった。
Aチームの子供たちにとって、絵を描くことが「遊び」から「仕事」に変質してしまったからだ。これは賞の内容ではなく、交換条件つき報酬が自律性を失わせるからだと考えられている。簡単に言うと楽しみの感覚が失せてしまうのだ。
彼らは同様の実験を繰り返し、同じ結果を得た。この実験は従来の考え方を覆す内容だったため大きな論争が起きたが、エドワード・デジらが30年分の調査を 入念に再分析し、「具体的な報酬は、内発的動機づけに対して、実質的にネガティブな影響をもたらす傾向がある」という結論にいたった。
創造的な業務が多い先進国のオフィスにおいて、組織が短期的な成果にばかり注目し、他人の行動をコントロールしようとすることは、現実には逆効果となる可 能性が高い。心理学者はこれを「報酬の隠されたコスト」と呼ぶ。この事実は、多くの実験で立証された行動科学における重要な発見となったが、統制が前提と なった機械型組織においては効果が限定的なため、経営施策として普及するにいたっていない。指示や命令ではなく、また飴と鞭による賞罰ではなく、社員自 ら、その仕事の重要性を理解し、自発的に目標を設定し、同僚と協働しながら、成果を築いていくこと。ヒューリスティック型業務が増加するにしたがって、マ ネジメントにも革新が求められている。
今、有機型組織の優位性が叫ばれ、また組織変革に踏み出した企業が好業績を挙げている背景には、このような仕事の質的変換もあると考えられているのだ。