社員を幸せにするゲーミフィケーション

「経済活動は地域を越えて連結し、製品・サービス、資本、情報、そして人材は、国境を越えて世界を飛び回っている。ま た、ソーシャルメディアの広がりで、人々はより広い範囲で密接にコミュニケーションをとるようになった。人々は、重要なステークホルダーであり、自社の顧 客であり、社員である場合もある。こうした環境をわれわれはコネクテッド・エコノミーと名づけた」 - IBM Global CEO Study 2012

3-1. コネクテッド・エコノミーの衝撃

人々の密接なつながりは、企業経営に大きなインパクトを与える。IBMが世界規模で実施した調査レポートにおいて、CEOはソーシャルメディアによる外部環境の変化を敏感に察知し、企業変革に着手していることがわかった。
この「IBM Global CEO Study 2012」は、IBMが世界の主要企業や公共機関のリーダー1709名(世界64ヶ国、うち日本からは175名)を対象に隔年で行っている調査で、コンサルタントが直接CEOにインタビューした内容をまとめたものだ。

2012年調査のハイライトは、新しい経済環境「コネクテッド・エコノミー」の到来と、それにともなうCEOの意識変革だ。ソーシャルメディアの浸透により人々が広く深くつながっていく中で、ステークホルダーとのつながりを重視する必要性が高まってゆく。
CEOは企業価値の主たる源泉として「人的資本」「顧客とのリレーション」「製品・サービスのイノベーション」をあげており、高業績企業ほど、これら3点 に対してそれぞれ「社員」「顧客」「パートナー」との関係性強化を試み、それによる競争優位性を構築しようとしていることがわかった。

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3-2. 価値観の共有を通じて、社員に権限を委譲する

CEOが最も重視している価値創造の源泉は「人的資本」、個々の社員のパワーをいかに引き出せるかだ。特に印象的なのは、多くのCEOが、統制志向 から開放志向に舵を切りはじめている点だ。彼らは法規制の遵守、標準化の推進、無駄の排除などの組織統制がすでに十分なレベルになっており、これ以上の強 化は不要と考えている。
そしてこれからは、その対極であるオープン化が加速し、透明性への要求が一層高まると予想している。特に開放的な組織への志向は、高業績企業の方が30% 高い。また日本の企業はオープン化を志向する企業が50%と、世界平均と比較して開放への意識がより強いことがわかった。

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優れた社員を惹きつける重要な組織要因としては、共有される倫理観・価値観(65%)、コラボレーションを推奨する職場環境(63%)、組織のミッション(58%)が挙げられている。
社員に求める特性においても、協調性(75%)、コミュニケーション能力(67%)、創造性(61%)、柔軟性(61%)が上位にランクし、オープンな組 織でコラボレーションを促進できる人材像へのニーズが浮き彫りになった。組織のオープン化は社員のモラル向上につながり、創造性やイノベーション、顧客満 足の向上をもたらす可能性が高い。

一方で、厳格なコントロールが困難になるため、目的意識と価値観の共有が必要となる。「ルールブック」を「全社員が共感できる価値観」に置き換え、それに基づき社員が自律的に行動できる組織への変革が求められているのだ。
また、社員が組織横断的にアイデアを共有し、解決策や製品サービス、新規事業などを創出するための社内プラットフォームや協働のためのプロセスも必要となる。そのために、社内で閉じたソーシャルネットワークの活用に注目が集まっている。
さらに、オープンな環境の下で、社員同士のコラボレーションにより優れた成果を引き出せるような能力開発も重要になってくるだろう。

3-3. 個のレベルで顧客に応対する

次に重要視された価値創造の源泉は「顧客とのリレーション」、特に「個」のレベルで顧客に応対することだ。その背景にはソーシャルメディアの普及が ある。調査結果をみると、「現時点でソーシャルメディアが重要な顧客接点である」と回答した割合は16%に過ぎないが、「3年から5年後には重要な顧客接 点になる」と回答した割合は57%にまで高まった。
それほど遠くない将来において、ソーシャルメディアはウェブやコールセンター、従来のメディアなどを上回り、フェイス・トゥ・フェイスに次いで重要な顧客接点になるとCEOは予想しているのだ。

一方で、伝統的なメディアの影響力は3-5年後には15%と大きく減少しており、ソーシャルメディアと明暗をわける回答となった。ソーシャルメディアは 「個」客とつながる手段であるとともに、「個」客に関する洞察の源泉でもある。人々はソーシャルメディアを通じて、膨大な個人情報を公開しはじめている。
生活者は自社の商品をどう感じているのか。なぜ自社商品を買ったのか。なぜ競合商品を買ったのか。生活者は何に関心を持ち、ウェブやリアルでどんな行動をしているのか。どこで何に刺激を受け、誰と何を会話したのか。この話題でつながっている友人は誰なのか。
ソーシャルやモバイルが生み出す巨大なデータ群、いわゆるビッグデータの迅速な理解と、それに基づく個人に最適化された顧客サービスが今後の重要なテーマとなるだろう。

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米国金融機関のCEO は調査の中で次のようにコメントしている。「現代は言わばフィードバック・ワールドだ。自社のアクションは直ちに人々からのフィードバックを受け、それが広範囲に伝播する。我々はそれに抜け目なく対応しなくてはならない」。

3-4. パートナーシップによって、イノベーションを増幅する

三番目の価値創造の源泉は「製品・サービスのイノベーション」、それもパートナーとの緊密な連携によってイノベーションを増幅することかが重要視さ れた。特に高業績企業では「イノベーションを実現するために他社と広範囲に連携する」と回答した割合が59%にのぼり、低業績企業に比べて他社とのつなが りを重視する割合が28%も高かった。

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インターネットやモバイル機器、ソーシャルメディアの登場は、あらゆる企業の経営環境を激変させている。もとよりIT業界におけるイノベーション・スピードは、人より7倍の早さで老いる犬に例えて「ドッグイヤー」と呼ばれていた。

しかし今や、インターネットの浸透で、あらゆる業種はITテクノロジーに依存しており、経済全体がドッグイヤーでの進化を強いられるようになったのだ。実 際に過去10 年間、CEO は、日々進化するテクノロジーが既存のビジネスモデルを陳腐化させ、時には業界全体を破壊するのを目の当たりにしてきた。既存事業を覆す「破壊的テクノロ ジー」によるイノベーションをいかにすばやく察知し、自社サービスに取り込むか。低業績企業はオペレーションの改善や企業連携モデルの再定義に注力してい るのに対し、高業績企業はさらに野心的なターゲットを掲げ、既存業界におけるゲームのルールを覆そうとしていることがわかる。

ただし事業環境のすべての局面で複雑性が増大する中、自社単独でイノベーションが可能と考えるCEOは4%に過ぎず、自社を含むエコシステム全体としてのイノベーションを目指すべきとの認識が進んでいる。
2008 年の調査では、他社との提携・協業を積極的に行おうと考えるCEO は50%を超える程度だったが、今や3分の2を超えるCEO がパートナーとの連携強化を志向していることがわかった。透明性が高く、瞬時に情報を伝達するソーシャルメディアの世界では、企業は自らの行動によっての みではなく、ビジネスパートナーの行動によっても評価される。パートナー間との緊密な情報交流、それに対応できるオープンな組織風土を築くことが重要とな るだろう。

なお、ビジネスモデルのイノベーションという観点からは、日本企業は「産業構造」「自社の収益構造」「バリューチェーンでの企業連携の構造改革」という三 点において、いずれも世界で最も積極的に取り組む姿勢を持っていることがわかる。特に企業連携によるバリューチェーン改革への取り組みは74%と関心が高 い。

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一方で、オペレーション改革を推進するにあたっての方向性という観点では、日本と他国で際立って異なる結果が出た。グローバルなCEOはテクノロ ジーによりバーチャルな連携の強化を試みているのに対して、日本のCEOはフェイス・トゥ・フェイスによるリアルに交流を重視している点だ。

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日本企業は、世界でも類を見ないほどハイタッチでフェイス・トゥ・フェイスを重視する経営視点を持っている。業務プロセスの標準化、バーチャルな交流などを積極的に取り入れながらも、他国企業に真似できない「人」を大切にする経営を強みとする考え方が重要となるだろう。

ソーシャルメディアは、いわばオンライン上でハイタッチな交流ができる場だ。社員、顧客、取引先と、日本企業が本来持っているハイタッチな感性でつながりを深め、競合優位性を築くこと。その先に新たなビジネス・チャンスがあるのではないだろうか。

3-5. ソーシャルシフトの三基軸

「ソーシャルシフト」とは、ソーシャルメディアが誘起するビジネスのパラダイムシフトをあらわした言葉だが、その根底にあるのは人々のつながりによる事業環境の劇的な変化であり、IBMが「コネクテッド・エコノミー」と称した新しい経済環境に他ならない。

そして、社員、顧客、パートナーとのつながりを深めて価値を創造する考え方は、「三方よし ~ 売り手よし、買い手よし、世間よし」、すなわち長寿な日本企業の原点に通じるものだ。もとより、商いの根本は人間関係にあった。ソーシャル・テクノロジー によって、世界の人々が深くつながりあった今こそ、企業経営も原点回帰すべき時と言えるだろう。
この三つの方向性、すなわち、社員の意欲と協働を導くイノベーションを「社員エンパワーメントの革新」、顧客と個のつながりを深化するイノベーションを 「顧客エンゲージメントの革新」、パートナーとの緊密な連携によるイノベーションを「パートナー・コラボレーションの革新」と名づけ、ソーシャルシフトの 三基軸と位置づけたい。

以降の連載では、これら3視点からの革新につき、豊富な事例をもとにそれぞれを掘り下げて考察してゆきたい。