「ゲーミフィケーション」というトレンドが注目されている。米国調査会社ガートナーは「2015年までにイノベーションを司る組織の半数以上が、そ のプロセスにゲーム的な要素を取り入れ、2014年までにグローバル企業2000社のうち70%以上がマーケティングと顧客の維持のため、少なくともひと つ以上のゲーム化されたアプリケーションを持つ事になるだろう。」と予言し、このトレンドを過熱期にあるキーワードとして位置づけた。
ゲーミフィケーションを一言であらわすと、社内業務や顧客サービスに「ゲームで使われている技術」を用い、社員や顧客の行動を促すことだ。世界に最も影響 を与えた事例としては、7.5億ドルを集めたオバマ大統領の選挙資金調達のサイト「マイバラクオバマ・ドットコム」があげられるだろう。
支持者がサイトに登録をすると、選挙本部からのミッションが提示される。最初はメールで友人を誘うなど簡単なミッションが選択肢に並ぶ。クリアするごとに 内容は高度になり、その都度ポイントも加算されていく。さらにソーシャルゲームさながらに、州単位で4日間に30万人に電話をかけようなどとユーザー参加 型のイベントも発生する。一人ひとりの行動が、次第に大きなムーブメントとなり、小口ネット献金だけで5億ドルもの資金を調達、米国初の黒人大統領を生み 出す原動力となった。
近年、幸せを科学する「ポジティブ心理学」が注目されている。中でもクレアモント大学教授チクセントミハイ氏が研究する「フロー体験」は、ゲーミ フィケーションにも通じる理論と言えるだろう。彼の研究によると、以下のような状態の時に、自分自身の心理的エネルギーがよどみなく100%発揮される 「フロー状態」になることがわかった。
この理論は、そのまま仕事への熱中感にあてはめることができる。例えば逆に捉えると、仕事を通じて喜びを感じにくい要因として、(1) 今日一日の活動目標が明確ではないこと (2)成果に対するフィードバックがないこと (3)業務とスキルのバランスが悪いこと (4)業務に集中できる環境がないこと (5)外部の指示が多く自分が仕事をコントロールできている感覚がないこと を挙げ、これらがストレスの原因になると分析している。
図1
図1は、機会と能力のバランスを掘り下げて精神状態の変化をしめしたマップだ。自分のチャレンジとスキルの平均レベルを超えたと気づいたとき、人はフローを体験する。
その反対でチャレンジもスキルも低いレベルは無気力の状態だ。その他、チャレンジとスキルの関係性で「心配」「不安」「覚醒」「フロー」を超えて「コントロール」「くつろぎ」「退屈」となる。
図2
長期にわたって同一の業務を担当すると、本人のスキルも上がっていくためにフロー状態は続かない。図2は、行動が時間経過とともにどう複雑さを増し ていくかをあらわしたもので、センターにあるのがフロー体験をできるゾーン「フローチャンネル」だ。まずA地点からスタートするが、それが続くとスキルが 向上して飽きていく。この時点でフローに戻るにはチャレンジを高めてCにする必要がある。
さらにスキルが上がるとより高度なレベルEにすることでフロー体験を得ることのできる適切な難易度になる。現時点の自らのスキルレベルを遥かに超えると不安になり、やはりフロー体験を得られなくなる。
さらに、人は家庭よりも職場において多くのフロー体験を味わっており、仕事は辛いことではなく実は楽しさを感じるものであることもわかってきた。
これは、肉体労働や手続き型の業務が機械やコンピュータに置き換わり、創造的な仕事が増加してきたことにも起因している。「好きこそものの上手なれ」、好 きなことに熱中していると寝食をも忘れてしまう経験は誰にもあるはずだ。職場とはフロー体験を経験するために最適な場であり、ポジティブ心理学を応用する ことで、社員の幸せと生産性向上という両輪を得ることが十分に可能であることが示唆されている。
ソーシャルゲームもこの理論の応用と言える。これらを徹底的にチューニングし、利用者をフロー状態にはめていくことで多大なる利益を得ることができたのだ。
そして、今、仕事や教育にゲーム感覚を取り入れることで、社内を楽しく活性化させる試みがはじまった。
ザッカーバーグ率いるフェイスブックは、「Rypple」(現Work.com、コラム「最新のビジネスソーシャル・プラットフォーム」を参照) という社内システムを利用している。
これは「上司からのコーチング」「目標までの進捗状況」「同僚との情報交流」「同僚からの感謝メッセージ」という4種類のフィードバックを社員間で送りあ うシステムで、これによりお互いの業務内容が可視化されるほか、感謝やアドバイスなどがフィードバックされ、目標を共有することもできる。社内の透明化を 促進し、リアルタイムに360度評価を行うシステムとも言えるだろう。
成果やがんばりに対するリアルタイムなフィードバックは、社内の雰囲気を明るくし、かつ目立たない貢献が可視化される一石二鳥の効果がある。東京 ディズニーランドを経営するオリエンタルランドの「ファイブスター・プログラム」、リッツ・カールトンの「ファーストクラス・カード」などは有名だ。
さらにサウスウェスト航空では、同社の価値観と理念を実践している社員には「勝利者賞」、目立たぬところで素晴らしい貢献をしている社員には「心の英雄賞」、最も優秀な整備士には「最優秀スパナ賞」といったように、報奨にも遊び心を取り入れている。
日本国内でも、ゲーミフィケーションが盛んになってきた。マクドナルドの社内教育システム「ハンバーガー大学」では、マネジメントスキルや店舗システム、リーダーシップ、チームビルディングなどを学べる社内教育機関だが、講座内ではゲームの要素が取り入れられている。
例えば国内16万人いるアルバイトのトレーニングにはニンテンドーDSと「e-SMART」というツールを利用することで学習効率を高め、トレーニング時 間を半減することに成功した。AJCCというアルバイト向けオペレーションコンテストも実施、優勝者は海外のマグドナルドに仕事を兼ねて行けるほか、黒い 特別なユニフォームが与えられる。
トリンプの試みもユニークだ。毎日、昼の2時間を「がんばるタイム」として、他社員への業務依頼や電話、コピーなどを禁止し、自分の仕事に思う存分 集中できる時間帯を設定しているほか、水曜日と金曜日は「ノー残業デー」とし、違反があった部門ではその部門で残業の再発防止を検討するようにした。
また役職者に二週間連続休暇を義務づける「リフレッシュ休暇」、禁煙者が禁煙に成功した場合には報奨を付与するとともに、喫煙しているところを見つけたら愛を持って密告する「愛の密告制度」もユニークだ。
ECナビを運営するボヤージュ・グループでは、書類選考を通過した1000名の大学生を対象にゲームによる採用テストを実施した。これは「時空に眠 る大陸の秘宝」と名づけられた企画で、社内のどこかに隠された秘宝を、初対面の学生同士が3~4人のチームを組んで謎解きに挑戦し、70分以内に宝物を探 すというものだ。
謎解きに対する成果だけでなく、宝探しのプロセスにおける協調性やリーダーシップなども選考基準とした。試験や面接では測りにくい「カルチャーフィット」 や目標達成を目指す力を引き出すというのが宝探し試験の目的だったが、同社への学生側の関心も高まり、応募者が前年比で20%以上増加したという。