リーダーが一人で組織を引っ張っていく従来の「支配型リーダーシップ」に代わるものとして、リーダーが組織のメンバー(部下)を最大限に支援し奉仕する「サーバントリーダーシップ」が、今世界中の企業から注目されています。
ここでは、現代の複雑な経営環境を乗り越えるために必要とされるサーバントリーダーシップとは何か、支配型リーダーシップとの違い、サーバントリーダーシップが企業に与える影響などについて解説します。
まず、なぜこの時代にサーバントリーダーシップが求められるのでしょうか。
サーバントリーダーシップは、アメリカで1977年に提唱された支援型リーダーシップ論です。
支援型リーダーシップは、リーダーが先頭に立って部下をぐいぐい引っ張っていく支配型リーダーシップと異なり、部下に対してできる限りの奉仕を行い、それを通じて部下の仕事に対するモチベーションを高め、自主的に仕事をさせるように導いていくリーダーシップ論です。
「サーバント」とは、英語で「使用人」「召使い」という意味があります。部下に命令して仕事を進めるのではなく、どうすれば部下の持つ能力を最大限に発揮できるのかを考え、それが実現できる環境づくりや部下への支援を通じて仕事を進めることから、この名がつけられました。
サーバントリーダーシップが注目を集めているのは、企業を取り巻くさまざまな経営環境に以下のような変化が起きているからです。
● 消費者、労働者の価値観の多様化
● グローバル化の拡大
● 社会・経済・政治の急速な変動
● デジタル化の急速な進展
これらにより、さまざまな面で変動性(Volatility)、不確実性(Uncertainty)、複雑性(Complexity)、曖昧性(Ambiguity)が高まっています。この4つの英単語の頭文字をとって、今の時代はVUCA(ブーカ)の時代とも呼ばれます。
予測不能で答えが簡単に見つけられない今の時代では、いくら有能なリーダーであっても一人で組織を引っ張り仲間のパフォーマンスを高めることは困難です。また、一人では偏った価値観や一面的な見方しかできず、間違った方針で大きなミスリードを犯す可能性もあります。
このような現代の経営環境で成果を上げるには、多様な価値観や能力を持っている部下の特性・資質を生かし、成果を上げながら組織が成長するようにしていく必要があります。
経済産業省も、市場ニーズやリスクへの対応力を高め持続的に成長していくには「ダイバーシティ経営」が不可欠だとしています。ダイバーシティ経営とは、多様な人材を集め、その能力を最大限に生かして新たな価値創造を目指す経営のことです。このダイバーシティ経営を成功させるためにも、サーバントリーダーシップに基づく組織運営は欠かせないのです。
サーバントリーダーシップを発揮できるリーダーには、以下の10個の属性(特徴・能力)が必要です。
1 | 傾聴 (Listening)
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部下の意見や望むことを傾聴できる。同時に自分にも耳を傾けて、その存在意義を部下との両面から考えられる。 |
2 | 共感 (Empathy)
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部下の立場に立って気持ちを理解し、共感できる。 |
3 | 癒やし (Healing)
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部下の心を癒やすことができる。 |
4 | 気づき (Awareness) |
組織全体を把握すると同時に、自分への気づきを意識することで自身の価値観も多様化できる。 |
5 | 説得 (Persuasion)
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職位による権限で服従を強要しなくても部下を説得できる。 |
6 | 概念化 (Conceptualization)
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組織の目標や自分・部下の夢を概念化でき、また大きな夢を見る能力を育てられる。 |
7 | 先見力、予見力 (Foresight)
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現状では帰結が見えなくても見定めようとする。また、過去、現在の状況などから帰結をある程度予測できる。 |
8 | 執事役 (Stewardship)
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部下の成長を支援し、信頼関係を構築できる。 |
9 | 人々の成長に関わる (Commitment to the Growth of people)
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部下の持つ能力や可能性、価値を信じて、その成長に関われる。 |
10 | コミュニティづくり (Building community)
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部下が働きやすい環境・コミュニティを創り出せる。 |
従来の支配型リーダーシップは、リーダーが組織の頂点に立ち、上意下達で一方的に経営方針を部下に指示・命令して、部下に服従と忠誠心を求めながら組織を引っ張ります。また、リーダーは高い能力や知識を持てるように努力し、一人で様々な問題に対応します。
一方、サーバントリーダーシップでは、リーダーは縁の下の力持ちとして組織や部下の目標、部下の自己実現願望を支援します。部下の個々の能力を把握し、それを信じ、強みを最大限に引き出し、成長へと導くことを通じて組織の目標を達成します。
またリーダーは、ビジョンの共有に努め、権限委譲を行い、部下が働きやすい環境を整えることに注力します。さらに、部下から様々な価値観に基づいた情報や提案を吸い上げ、組織をマーケットに合わせて柔軟に運営します。
では、サーバントリーダーシップによる組織の構築が実現すると、企業にどのような具体的影響がもたらされるのでしょうか。
ここまで解説した通り、サーバントリーダーシップは、部下を強圧的に支配・監督するのではなく、一人ひとりの個性、能力、価値観を最大限に尊重し、部下との相互信頼関係を築く方法論です。それにより、部下の能力を最大限に引き出します。
また、組織全体で共有できるビジョンを打ち出して部下のやる気を鼓舞し、部下に成長を促します。リーダー自身も、部下の価値観や情報を知ることで共に成長することができます。
サーバントリーダーシップによる組織運営では、以下のような影響・効果が期待できます。
1)生産性が上がる
2)社員の主体性が高まる
3)社内のコミュニケーションが円滑になる
4)組織に対する帰属意識が向上する
価値観や技術の変化が激しいこの時代においては、従来の価値観の延長上ではなく、新しい価値観に基づいたイノベーションが必要です。しかし命令と統制によるリーダーシップでは部下は指示待ちの状態となり、イノベーションを持続的に生み出すことは困難です。
その点で、最も現場に近い場所でその変化を肌で感じている社員の情報を経営に活かすことは欠かせません。今の時代の経営に求められている「アジリティ(Agility):意思決定のスピードや効率、役割分担のフレキシビリティさ」を実現するためにも、部下の主体性を生かしたサーバントリーダーシップによる組織運営が必要なのです。
このように、今の時代に最適なリーダーシップ論であるサーバントリーダーシップですが、もちろん注意点もあります。その注意点を以下にまとめます。
サーバントリーダーシップでは常に部下との意思の疎通が行われているため、マーケットに応じた意思決定は適切かつ迅速に行えるメリットがあります。しかし、部下とリーダー、経営幹部層の意見が常に一致するとは限りませんし、意見が多彩になることで意思決定に時間を要してしまう可能性もあります。時にはリーダーによるスピーディーな判断も求められることになります。
自主的な思考や行動ができない社員が多かったり、事業の内容が時代の変化に大きく影響されるものではなく進むべき方向が既に定まっていたりする場合は、必ずしもサーバントリーダーシップが適しているとは限りません。
ここでは、現代の経営環境に適した新しいリーダーシップ論「サーバントリーダーシップ」について紹介しました。
事業内容などによっては従来の支配型リーダーシップのほうがうまくいくケースもあり、支配型が全面的に悪いというわけではありません。しかし、もしあなたの組織がその運営に問題を抱えているのであれば、ぜひその打開策の一つとしてサーバントリーダーシップを取り入れてみてはいかがでしょうか。リーダーのあり方一つで、その経営に大きな効果が生み出される可能性も大いにあるのです。