組織の枠を超えた技術の創造で新しい製品やサービスを生み出すオープンイノベーション。企業の成長や発展において長く受け継がれてきた開発のあり方を変える新しい枠組みとして、すでに広く浸透し始めています。
ここではそのオープンイノベーションについて、定義やメリット、デメリット、実現のポイントから成功事例までを紹介します。
はじめに、オープンイノベーションの概要について解説します。
Innovationという英単語の直訳は「革新」です。ビジネスの場、特にITに関連した場面でイノベーションという言葉が使われる場合は、新しい技術や切り口により社会的に意義のある新たな価値を創造することを指しています。
※「イノベーション」について、くわしくはこちらの記事もご覧ください。
イノベーションとは?イノベーションの意味を正しく、しっかりと理解しよう
オープンイノベーションとは、企業が自社だけではなく他社、学校(大学)、地方自治体といった異業種・異分野の組織と、技術やアイデア、ノウハウ、サービス、知見を組み合わせて革新的な価値を生み出すことを意味します。
研究の成果、プロダクトやサービスの開発、組織や行政の改革、地域の活性化やソーシャルな取り組みなどにおいてイノベーションを生み出すための手法の一つです。
オープンイノベーションの提案者として知られるハーバード大学経営大学院元教授のヘンリー・チェスブロウ氏は、「オープンイノベーションとは、内部のイノベーションを加速し、イノベーションの外部活用市場を拡大するために、その目的に沿って知識の流入と流出を活用することである」としており、外部から技術等を取り込むこと(インバウンド)とともに知識を有効に活用する(アウトバウンド)側面があるとしています。
オープンイノベーションの概念が唱えられた際に、それと対になる概念として定義されたのがクローズドイノベーションです。1980~1990年代において自社内に研究者を囲い込み研究開発を行っていた自前主義のイノベーションモデルを指しています。
オープンイノベーションと「外注」や「共同開発」との違いはいくつかありますが、大きな違いとしては下記が挙げられます。
ビジネスとして割り切った関係ではなく、手を取り合うことで単なるビジネス以上の価値を持ったイノベーションを成功させることが、オープンイノベーションの目的であり可能性なのです。
オープンイノベーションに注目が集まっている要因は、従来の自前主義なイノベーションモデル(クローズドイノベーション)に限界が見えてきたことに端を発します。グローバル化やICTの普及により世界は経済的・社会的に大きな変動期に入り、その変化に対応するために、オープンイノベーションによる高度でスピード感のある新たな価値の創出が必要となってきているのです。
クローズドイノベーションの限界を感じさせた変化としては、具体的には下記のような事象が挙げられます。
経済産業省の2015年の調査によると、国内の企業における製品のライフサイクルは、すべての分野で「短くなっている」が「長くなっている」を上回りました。新しいプロダクトやサービスを開発しても、その優位性が保たれる期間が短くなっていることを意味します。
革新的な技術や独創的なビジネスモデルを創出しやすいという特性を生かし、研究開発分野に参入するベンチャー企業が増えてきました。大学や研究開発法人から生まれたベンチャー企業が研究開発のスピードアップに貢献し、既存企業は自前主義の研究方式では追いつけない状況となってきています。
IT技術の進歩によるデバイスの進化やSNSをはじめとした双方向発信型のメディアの普及により、ユーザーは新たなニーズや価値観を持つようになりました。情報の拡散スピードが上がったことで、ユーザーは価値観にマッチする製品やサービスに対してより敏感に反応するように変わってきています。そのため、プロダクト・サービスの開発にさらなるスピードが必要となっているのです。
2019年に経済産業省が作成した資料「企業におけるオープンイノベーションの現状と課題、方策について」では、「我が国の製造業で見れば、外部リソースの活用が増加している企業は3割強」と増加傾向を見せている一方、「取組自体は増えつつあるが、海外に比べてまだ広がりは不十分」とされています。
産学連携についても進みつつありますが、企業の研究投資における大学への研究費拠出割合などは、アメリカ、ドイツ、イギリス、韓国、中国と比べて一番低い状況です。
では、オープンイノベーションを取り入れることで、具体的にどのようなメリットを得ることができるのでしょうか。
オープンイノベーションによって他の企業や大学、地方自治体といった別分野の組織と協力体制をとることにより、自社にない技術や知識、ノウハウを学び取ることができます。
別分野の組織と協力体制をとることで、単独の組織では把握しきれないようなユーザーニーズを共有できます。それによって、多様化する新しいニーズの把握とその対応が可能となります。
自社のみでは研究しきれない分野も、技術や知識を持ち寄ることで綿密な研究ができ、製品・サービスの開発期間を短くすることができます。そうしてもたらされた知見は、事業におけるコスト減や効率化にも役立つでしょう。
これからの時代の研究開発における一つの道筋として期待されるオープンイノベーションですが、一方ではデメリットもあります。それはいったいどんなものでしょうか。
他の企業や大学、地方自治体と協力体制を取り、チームを組んでイノベーションの創出にあたることは、自社の持つ技術、ノウハウ、アイディアを持ち出すことでもあり、企業の資産ともいえる技術情報を流出させてしまうことにつながりかねません。
積み上げてきた技術やノウハウには、守るべき「コア領域」もあるはずです。オープンとクローズの境界をしっかりと線引きすることが必要となります。
外から取り入れる技術に依存しすぎることで、自社の開発力の低下・衰退につながってしまう恐れがあります。とりわけコア領域は自社の競争力の要となるため、オープン戦略とクローズ戦略を明確に分け、自社に開発力を残せるように取り組む必要があります。
オープンイノベーションでは、自社、他社、大学や地方自治体など様々な分野、規模の組織が協力して開発に取り組みます。それにより有益なプロダクトが作り上げられるのは良いことですが、複数の参加者がいる分、収益の配分を決めるのが難しい場合もあります。それぞれの貢献度やコスト負担の割合などは明確化できるようにしておく必要があります。
上記のようなメリットやデメリットを踏まえ、より効果的にオープンイノベーションを実現させるにはどうしたら良いのでしょうか。二つの観点から見ていきましょう。
経済産業省が2018年6月にまとめた「オープンイノベーション白書第二版」では、企業におけるオープンイノベーションの成功を阻む課題として「組織戦略」「組織のオペレーション」「人材や文化・風土」の3つが挙げられています。
従来のクローズドイノベーションを踏襲した組織では、オープンイノベーションに対応する体制が整っているとは言えません。他の企業や大学、地方自治体などとコミュニティを形成する動きが取れるよう、柔軟性の高い組織を目指し、人材や文化を育てていく必要があります。
オープンイノベーションでは、外部から技術や知見を取り入れることで既存技術を利用した新たなビジネスモデルを創出することが可能ですが、自社の研究開発やビジネスにおける課題を分析し、オープンイノベーションで何を補うのかを明らかにしておくことで、より効率的な取り組みへの成果が得られるようになります。
また、よりチャレンジングな目標を立てることができるのもオープンイノベーションの特徴です。外部の技術や知見が現状の事業分野を超える目標設定につながり、事業の拡張までを見据えることができるのです。
※オープンイノベーションの組織作りに関しては、下記記事でも言及しておりますので、ご参照下さい。
「オープンイノベーション」はコミュニティが鍵
では、これまで世界や日本ではどんなオープンイノベーションが実現してきたのでしょうか。その事例をいくつか紹介します。
アメリカのオハイオ州に本拠を置く世界最大の一般消費財メーカー「P&G」社は、「Connect+Development(つなげる+開発する)」の名のもと、早い段階からオープンイノベーションに取り組んだ企業として有名です。
同社のイノベーションは、お客様起点であることと定義の幅が広いことが特色です。具体的なプロダクトとして挙げられるのは「プリングルズ プリントチップス」。チップスの表面にキャラクターをデザインしたもので、イタリア人によって開発されたクッキーに絵や文字を印刷する食用インクジェット技術を応用、その精度を向上させ、プロダクトの販売を実現しました。
デンマークの玩具メーカー「LEGO」社の取り組みは、すでにオープンイノベーションを行っている他企業にインタビューをすることから始まりました。その後、自社の各事業部の業績や将来性を分析しています。テストプロジェクトを実施することで「LEGOに貢献するのは必ずしも社員である必要はなく、むしろ消費者の方がクリエイティブなアイディアを持っている」という結論を導き出したといいます。
この考えから、社外の人々からアイディアを募るサイト「LEGO Ideas Site」を開設し、新規サービスのアイディア作りに利用しています。
「Samsung」は韓国のサムスン電子をはじめとした総数64の企業グループで、ITデバイス分野においてはAppleと競い合う大企業として知られています。Open Innovation Centerをイノベーションの世界的中心地であるシリコンバレーに開設し、他社とのパートナーシップ、スタートアップへの投資、スタートアップのM&A、シリコンバレーとニューヨークに設置したSamsungアクセラレーターの4本を柱にオープンイノベーションへの取り組みを行っています。
プロダクトとしては、大手ソーダメーカーと連携して開発した炭酸水の出る冷蔵庫の開発が有名です。
繊維事業を展開する東レとアパレル大手のファーストリテイリング(ユニクロ)によるオープンイノベーションは、民間企業間の共同開発により次々とヒット商品を生み出した事例として知られています。機能性肌着「ヒートテック」や、薄手で軽量ながら防寒性に優れた「ウルトラライトダウン」といった商品が有名です。
双方の機能を最大限に持ち寄り、素材開発、商品の企画、開発、生産、流通を含むトータルインダストリーを、一般的な協業のビジネスモデルを超えて実現。これにより、プロダクト開発のスピード・効率・付加価値を飛躍的に向上させることに成功しました。
オープンイノベーションの定義や実現のためのポイント、メリット、デメリットなどについて紹介してきました。
なおセールスフォース・ドットコムでは、Salesforceとベンチャー企業のオープンイノベーションを推進するSalesforce Venturesを展開。資金だけではなくSalesforceの信頼、連携、アドバイスなどを活かしたオープンイノベーションに向けた投資を行っています。
IT技術の革新によるイノベーションのスピードは、これからのますます加速することが予測されます。その流れをつかみ、自社のポテンシャルを最大限に発揮するためにも、ぜひオープンイノベーションにおける成長の可能性を探ってみてはいかがでしょうか。