Evernoteは多くの個人ユーザーに利用されている、認知度の高いアプリケーションだ。2012年12月からは、 企業向けサービス「Evernote Business」も提供している。そして、2013年12月12日に発表されたモバイルファースト時代のクラウドプラットフォーム「Salesforce1」の対応アプリケーション10本のうちの1本が、「Evernote Business for Salesforce」だ。Evernoteは、なぜSalesforce1に対応したのか。また、それでどんなことが可能となるのか。エバーノート株式会社のジェネラル・マネージャーである井上健氏に、両社連携の活用方法や今後広がる可能性のことを訊いた。
エバーノート株式会社 ジェネラル・マネージャー Japan 井上 健 氏
2013年12月12日に発表になったSalesforce1対応アプリケーションを開発するベンダーの中で、唯一の外資系ベンダーが、米国に本社 を置くEvernote Corporationだ。「Evernote Business for Salesforce」の連携によって、Evernoteに保持されている顧客関連情報をSalesforce 1で包括的に把握することが可能となった。
「これまでEvernoteは、他社のプラットフォームに対応することはしてきませんでした。というのも従来の Evernoteは、我々の個人向けサービスとの連携を促進するためにAPIを積極的に解放するなど、自らが個人向けプラットフォームを志向していたから です。もちろん、いまだにそのビジネスは健在でもあります。そんな中でSalesforceのプラットフォームへの連携を図った理由は大きく2つあると考 えています。まず、個人向けと法人向けで異なるビジネス手法が求められたから。そして、法人向け市場でのSalesforceのプラットフォームの実績と 存在感。当社のCEOであるフィル・リービンは、米セールスフォース・ドットコムのCEO、マーク・ベニオフさんと懇意にさせていただいており、色々とア ドバイスもいただいているようです。そんな中で、連携が実現したのだと思います」とエバーノート株式会社のジェネラル・マネージャーである井上健氏は話 す。
Evernote にとって、法人向けサービス展開は新しい挑戦であり、Salesforce からは多くを学んでいるという。両社の経営者がお互いを尊敬していて、経営者同士として接点があったことがきっかけで、これまでの Evernote には無かった連携が実現したというのだ。
そんな両社の連携によって、早くも様々なビジネスメリットが生まれているという。
「特に日本では、Evernote Businessの販売拡大のために、両社の連携は欠かせないものとなっています」
両社の連携がどのように行われているかを紹介する前に、あらためてEvernoteというサービスの特徴をご紹介しよう。Evernoteの最大の強みの一つは、ベース技術となっている文字認識(OCR)技術だ。
「Evernoteとはどんな製品ですか?と質問された際には、どんな情報でも貼り付け、保存できる真っ白なスクラップブックですとお答えしていま す。テキスト、ファイル、Webクリッピング、音声、写真など様々なものを貼り付けて管理し、すべてを見つけやすくする。このようにして個人の生産性をあ げるために開発されたのがEvernoteです」
「そんなEvernoteの最大の特徴は、「見つけやすさ」。一覧性の高い、スクラップブック的なUIデザインは勿論、高度な独自のOCR技術に よって文字認識が可能となり、何でも直ぐに探すことができます。Evernoteを利用すると、パソコンやスマートホンで入力した文書はもちろん、画像の 中の文字、そして手書き文字さえも読み込んで認識します。それも英語、日本語だけでなく、中国語、韓国語も含めた多言語に対応。単にクラウド上のストレー ジにデータを置くのではなく、それをユーザーの生産性向上のために最大限に活用すること。これを可能とするのがEvernoteの特徴です。」
この文字認識技術をEvernote自身が有していることには、Evernoteの6年の歴史をはるかに遡る背景がある。それは、Appleが開発 した世界初の携帯情報端末(PDA)「ニュートン」で説明すると分かりやすい。これに搭載されていた手書き文字認識ソフトを開発し、Appleにライセン ス提供していた技術者が、Evernoteの創業メンバーなのだ。つまりこのユニークな機能は、他社から技術の提供を受けるのではなく、自社の技術として 有しているのだという。
Evernoteはクラウド上にデータを置く、オンラインストレージサービスの一つとして分類されることが多い。だが Evernote は、この分類には収まらないと感じているという。というのも、Evernote 自身も特定の業務では他社のオンラインストレージを利用しているものの、それはEvernoteの活用方法とは大きく異なるからだ。井上氏曰く、「大量の データを預かるストレージサービスとは、とてもいい補完関係にありますが、全く異なるサービスなのです」。
提供形態も、クラウドサービスとしては極めてユニークだ。Web 経由、Mac、Windows PC 向けソフト、iOS、Androidなどのモバイルアプリとしての提供は勿論のこと、日本ではPC版をソースネクスト社からパッケージとして販売してい る。また、Evernoteと相性がよいスキャナやスタイラスペン、それにモレスキン社のノートや、住友スリーエム社のポスト・イット®のようなアナログ 製品との連動も積極的に行い、その特徴的な緑のゾウのロゴは、書店や文具店、家電量販店などでも見かけることができる。このようなクラウドサービスは、他 に無いだろう。
個人向けアプリケーションとしてのEvernoteは、高い知名度をもっている。だが、企業をターゲットとしたEvernote Businessは個人向け製品とは全く異なるビジネスモデルが必要となる。この新しいビジネスモデル構築に、セールスフォース・ドットコムとの連携が大 きな力となっているのだ。
「すでに地方でセミナーを一緒に行うといった活動をしていますが、両社の強みを活かした、ユーザーに価値がある連携ができていることを実感していま す。特にSalesforce1のモバイルファーストの思想は、Evernote Businessとはとても相性がいいと評判です」
このように、法人にも受け入れられているEvernoteだが、長らくは個人向けサービスに特化してきた歴史がある。ただ昔から、その個人向けサー ビスを仕事のために利用する人も多かった。例えば、文字認識技術を使えば、名刺画像を取り込んで、名刺管理を行うといった使い方ができる。
「当社の調査では、個人ユーザーの3分の2の方々は仕事でも利用しているという結果があります。仕事でEvernoteを利用するユーザーから、企 業の業務やコラボレーションでも利用できるようにして欲しいという声にこたえ、正式な企業向け製品『Evernote Business』の開発に着手することになりました。またもちろん、弊社自身も従業員が増え、我々自身がコラボレーションツールを求めていたことも重な りました。Evernoteの開発ポリシーは、「自分達が使うものを作る」ですので、納得できるものを作りたかったのです」
企業で利用することになると、個人向け製品とは異なる、複数でデータを共有するコラボレーション機能や、管理機能なども含めたセキュリティ機能の付 加が必要となる。こうした企業利用に必要な機能もさることながら、それでいて従来のようなシンプルさ、使いやすさ、親しみやすさを併せもったサービスを開 発することは、大きなチャレンジとなった。
「リリースまでには紆余曲折がありました。当初は2012年9月の自社カンファレンスで、目玉商品として発表する予定でしたが、どうしても自分達が 納得できるものが仕上がらない。自分達が納得できない製品は当然提供できない、ということでリリースを伸ばし、ようやく2012年12月に発表しました」
開発と同様に新しいチャレンジとなったのが、企業向けにこの新サービスを販売することだった。個人向け製品とは全く異なるビジネスモデルが必要とな る。特に、「米国と日本とでは、企業向けのビジネスモデルが全く異なることを、製品をリリースしてから実感することになりました」と井上氏は明るく笑う。
個人向けEvernoteはフリーミアムモデル。最初はお試し感覚で使用を始め、使いこなしていく中でその良さを実感し、使えば使うほど Evernoteファンになり、一部ユーザーが有料版を導入してくれる。ところが企業向けでは、使い始めた瞬間から評価されるものでなければ、導入に結び つかないのだ。
また、日本ならではの事情もある。「多くの日本の企業はコスト削減のIT投資には前向きではあっても、「生産性」向上のための投資意識はまだまだ小 さいようです。米国、特に本社があるシリコンバレーは、人材の最大限の活用、生産性の向上が命ですから、Evernote Businessの受け入れは早いです。一方、日本では、残業して仕事を処理すればいい、それが当たり前だ、という考え方が多いように思います。本当は もっと生産的な活動にこそ、人の時間を使うべきなのに、もったいない」
しかも日本の場合、導入する企業自身ではなく外部のパートナー企業にその評価や判断を依存する場合が多い。社内でEvernoteを導入するにあ たっての業務の切り分け、トレーニング、社内システムに適合するための作業、セキュリティ的なルールの策定なども必要となる。こうした導入に伴う作業は、 外部頼みなのだ。
「そこで弊社も、外部のパートナー企業と協力関係を結ぶこととしましたが、これはEvernoteでは、日本独自の展開です。日本の企業の意思決定 のスタイルは、当初は米国本社に説明してもなかなか理解されませんでした。ようやく必要性を分かってもらえるようになったのは、Evernote Business を販売開始してから1年、日米を中心とした各種データを分析し、明らかな傾向を掴めたから。これにはもちろん、弊社自身が導入していた SalesforceのCRMを活用しました(笑)。そういう分析の上で、米本社の人間がセールスフォース・ドットコムのイベントでパートナー企業と会え たのは、とてもいいきっかけとなりました」
例えば、中小企業向けコンサルティングを行う際、Evernoteをフックにして、クラウドという新たなビジネスモデルを提案するようなケースも増 えてきている。「Evernoteは個人が利用するクラウドサービスとして利用者も多く、知名度が高いことが強みです。それをうまく活用し、まず Evernoteを活用することをアピールし、注目を集めるのだそうです。例えば、成績のよい営業担当者が実はEvernoteを使っていることが判明し たり、はたまた役員が外出先で仕事をする際に使っていることが分かったり。こういう、既に社内に実在する活用事例を、どう全社に広げていくのかというコン サルティングを進めるのだそうです」
こうした実例がEvernote本社にも理解され、日本でのパートナー企業の重要性が認識され始めている。
Evernote自身がSalesforceを導入したのは、企業向けビジネスの開始のタイミングである。マスであるコンシューマー向けとは異なる、体系化された営業情報の全社共有が必須となったからだ。
「日本でどんな活動をしているのか、米本社にもすぐに伝わるようになって気が抜けません(笑)。導入にあたって、セールスフォース・ドットコム日本法人の皆さんとご縁が出来たことも大きなプラスだと思っています」
SalesforceもEvernote同様、社内にある様々な情報を集め、連携させるためのツールだ。ただ、同じ社内の情報といっても、 SalesforceではCRM、SFAといった業務分野に修練されていくのに対し、Evernoteが得意とするのはもっと雑多な情報、例えば、会社で 行われた会議の議事録、会議の際に使ったホワイトボードなどの撮影、街で見かけた商品や広告の写真などを保存することに適している。
「例えば、もらったばかりの名刺をEvernoteで保存する。気になる営業先の webクリッピングをEvernoteに溜めておく。提案書やメモ、議事録を格納しておく。これらを Salesforce と連携することで、社内にある情報とリアルタイム情報が有機的に繋がっていくことになります。特にSalesforce1でモバイル化を進めることによっ て、リアルタイムに情報共有が進むことになることは確実ですね」
実はEvernoteも最初のパソコン版は大きな成功にならず、iPhone版を投入したことでユーザーが一挙に増えた経験がある。それだけに、Salesforce1のモバイルファーストという発想は、「よく理解できます」と井上氏は話す。
「いくら有用なクラウドサービスでも、使ってもらわなければ意味がありません。そこでいかに簡単に、楽に使うことができるのかが大きな鍵になります。モバイル対応は、まさにそのできるだけ簡単に、楽に使うことを実現するポイントとなります」
今後はパートナーも含めて、連携によるビジネスをさらに進めていきたいと井上氏は期待する。
「Evernoteビジネスの導入企業は、日本ではまだ数百社です。Evernoteが企業版を提供していることも、Salesforceと連携し ていることも知らない人も多いでしょう。現状、SalesforceとEvernote Businessを両方使っているユーザーは多くはありませんが、Salesforceのユーザーで、個人版のEvernoteを利用している人となる と、数はぐっと多くなるはずです。今後、Evernote Businessの導入のきっかけ、使い方などを紹介していくことで、Salessforceとの連携利用をするユーザーを増やしていきたいと思っていま す」
それと同時にEvernote Business、Evernote Business for Salesforceの機能強化も大きな課題としている。
「Evernote Businessは最大ユーザー規模が1000名未満となっています。大企業の方からも興味があるという声を頂いていますので、各種機能追加に加え、1000名を超える規模への対応が次のステップとなります。」
各種セミナーなど、セールスフォース・ドットコムとEvernoteの連携によるビジネス拡大が進んでいる。井上氏は、「日本で両社連携による成功 事例を作り、これを米本社に見せて、日本先行でアピールしていきたい」と話す。それが実現する日もそう遠くないことになりそうだ。